「ほのぼのマイタウン」にエッセイを連載していただいていたフリージャーナリストの
國米家己三(こくまいかきぞう)さんが主宰する「草乃会」の1月例会が開かれました。
今月のテーマは「感性社会の到来」。
國米さんのお話の要旨は次の通りです。
数百万年続いた人類の狩猟・収集時代は現在から約1万年前、農耕時代に入った。
その農耕社会は数千年後には工業社会に引き継がれ、さらに数百年後には情報・サービス社会に主導権を譲る。
2016年の産業別就業者数によると73%がサービス業である。
そして情報・サービス社会もまた数十年後には新しい「感性社会」の引き立て役となるだろう。
「感性社会」の芽生えは現代すでにみられるものだが、今後これが次第に顕著な傾向となって現れるはず。
感性社会とは人間が人間らしくなる、別名「貴族社会」。
先進国では一般庶民がかつての貴族たちが享受した、自由で人間性豊かな生活をみんなで楽しむことになる。
本来日本人は感性民族で草食社会だった。
それは縄文時代から始まり、縄文遺跡から出土する土器は岡本太郎が絶賛した火炎土器などデザイン性豊かな美術品だ。
明治維新以来、無理して肉食社会に合わせて機能主義的になった。
安いもの勝ちの大量生産、どこでも同じものができた。
しかし、感性社会になるとブーメランのように本来の日本人が戻ってくる。
「朝顔に つるべとられて もらい水」(加賀千代女)といった感性は日本人にしかない。
割れた陶器を漆でつなぐ「金継ぎ」、染め紙と唐紙に「破り継ぎ」「切り継ぎ」「重ね継ぎ」の技法を駆使した継ぎ紙の本など、
日本人の美へのこだわりは繊細きわまる。
何でも、どこでもアートで工事現場の目隠し塀に絵を描いたり、花鉢を飾ったりする。
故日野原重明さんも105歳の時に「医療はアートである」という言葉を遺した。
日本人の左脳の中には右脳の要素があるそうだ。
つまり、左と右をつなぐブリッジがあり、それは女性の方が太いという。
モノよりコトの消費に感動する。
今は感性社会の入口、カオスの時代である。

ネコのみにです。今年もよろしくね!

お気に入りの専用ブランケットの上でお昼寝