今年も3月11日が巡ってきました。
昨日はタウン誌会で作っている冊子の最終校正のため、TAMAセンターへ出向きました。
多摩モノレールに乗っていたのですが、東日本大震災発生時間の2時46分に地震時の訓練のため
モノレールは1分間緊急停止。
私は今回、電車の中で黙とうしました。
6年前のこの日、私はほのぼのマイタウン4-5月号の散策特集取材のため清瀬の柳瀬川沿いを歩いていました。
心地よい川風に身を任せ、金山緑地公園でカワセミ撮影のシャッターチャンスを狙うカメラの放列に驚かされ、
運よくカワセミの姿もを見ることができ、気分上々でした。
堤沿いにある下宿地域センターに寄ろうとしたところで、「何か変?」電柱が揺れていました。
外にいるとあまり体の揺れは感じなかったのですが、センターの入り口から大勢の人たちが吐き出されるように出てきました。
「大地震が起きたらしい」という人々の声を背に、取り急ぎバスを乗り継ぎ、3時間近くかかって帰宅したのを憶えています。
その後、広告営業を自粛し、特集を急きょ地震関連記事に変更してどうにか4-5月号を発行できました。
その時の特集記事はこちらです。
http://honobono-mytown.com/csv/T149/149.pdf
(ほのぼのマイタウンホームページ「もう一度読みたい」特集149号です)
昨日、NHKでは終日震災関連の番組を組んでいましたが、今なお進まぬ沿岸部の復興、震災遺児が成長した姿、
今も仮設住宅で独り、不自由な身体で老いていくおばあちゃん。
被災地の現実に、今さらながら胸が締めつけられる思いでした。
ここ小平でも福島が身近にあります。
1年ほど前に知り合った方は原発事故で避難を余儀なくされ、娘さんの嫁ぎ先小平にご夫婦でいらっしゃいました。
「いつかは故郷へ帰れる」そんな一縷の望みを断ち切り、小平に新居を建てることになりもうすぐ完成するそうです。
「でも主人が新しい家に入りたがらないのよね」と彼女は言います。
喜ばしいはずの新居も、ご主人にとっては生まれ育った「故郷への決別」を意味するものでしょう。
旧家であった福島の家も処分が大変と、病気のご主人に代わって何事も一人でやらねばならないとか。
終わることのない福島の原発被害。避難者の数だけそれぞれのストーリーがあるのでしょう。
何にもできないけれど、彼女の話の聞き役だけでも、お役にたてないものかと思います。