昭和8年頃の一家団欒

  

  こちらは母が家族で毎夏を過ごした、嬉野温泉(佐賀県)の旅館での一コマ。
  写真の折れ線が2本入っている古い写真です。

  写真館での緊張した写真と違い、家族がリラックスしています(母は右後ろに)。
  左側の小さな女の子二人は叔母に訊いたところ、その旅館の娘さんたちだとか。
  家族と較べ、かしこまっている様子が可愛いです。
  きっと一緒に遊んでいたのでしょう。

  座卓の中央にある昔のレコードプレーヤー(蓄音機)が時代を物語っています。
  テレビもゲームもない時代、家族で音楽を聞き楽しんだのでしょう。
  以前叔母から貰った手紙によると、祖父はよく晩酌の手を休め、当時踊りを習っていた母が
  童謡の「雨降りお月さん」を踊るのを眼を細めてみていたとか。

  この想い出を叔母から知らされた時、私の記憶の中で蘇ったことがあります。
  私が小学生の頃友だちが遊びに来るたび、母は「雨降りお月さん」を歌いながら振付を教えていました。
  「雨降りお月さ~ん、雲の蔭、お嫁に行くときゃ誰と行~く・・・」
  今でも私は最初の踊りを憶えているほどです。
  この踊りは母にとって「父との大切な想い出」だったのです。

  この歌の作詞者は野口雨情。
  雨情のお墓が小平霊園にあることで、「こだいら雨情うたまつり」が毎年5月に開かれています。
  その実行委員をやっている私は、毎年のように出演者が歌う「雨降りお月さん」を聴き、
  しみじみと母との想い出に浸ります。
  「雨降りお月さん」は祖父と母、私の3代にわたるソウルソングなのです。