私は60歳をとっくに超えている

まだまだ頑張らねばと思うが……


時々しんどくなる事が出て来た。


一般の定年60歳


最近は伸びてきているし私も今まだ働いている。


でも。定年60歳は解る気がする。


去年できていた。

そういうことがさっさと出来ないことが出てくる。



まだまだ がんばらねば!!チョキ

当時、私は大学へ行きたいと思っていた。DASH!


兄が頭が良かったからかはてなマーク

大学というものは国公立しか考えていなかった。

兄や兄の回りしか知らなかったからか、

今思えば不思議でならない。

努力が足りずに受ける事もやめた。



高三の夏に家業が倒産したこともあり

大学へ行きたいと、親に言う事すらやめていた。

と言うより受からないと思っていた。

まぁまだ、女性は大学へ行く人が少ない時代でもあったから (ノ´▽`)ノ


高校卒業から働きながら、会社帰りに直行

色々学んだ。

色んな専門学校?へ行った。

学んだが早すぎて

当時、東京へ行けば有るが

住んでいる所にはなく。


仕事にはならず、趣味になっているものが多い。

今だったらと思う事がいっぱいある。



元気だったなぁぁ。

当時土曜日は半日勤務。

冬は会社のたくさんの人たちと夜行バスに乗り

ゲレンデへ、

お昼前に着いて

夜。又夜行バスで朝会社へ直行。


遊んできて仕事にさしつかえると言われないよう

皆でしっかり働いたのを覚えている。


その頃お世話になった先輩達に

この場を借りてお礼を言います。


『お世話になりました。ありがとう!!』


その人たちパソコン見てくれているかな?

お孫さん達が見ているかな?


当時の会社は合併合併で今は名前が変わってしまった。



学ぶのは好きだった。

人へ教える事が出来る資格を色々取ったのに

どれも自信がなくて……


何度か試みたが、

中心になってはいまだにしない。

誰かの助けとか補助のような事は進んでするのに。



音譜

子育て時は子供を守る為には

人に言い難い事も頑張って言えた。

独身時代考えられないこと。

母は強し。と厚かまし。(=⌒▽⌒=)


子供達も随分と大きくなった。


今は年齢よりは若いと思ってはいるが



そのうちいつになるか解らないが

社会人大学生になれると良いなあ!


人生死ぬまで勉強と  よく母に言われた。

母はとっくにいないが

いつになったら母を抜かせる事が出来るだろうか?



早起きだった母には既に降参しているけれど、私だって

母を抜かせるものがあると思いたい。