今わかる おかあはん という存在。 ※長文
8つで、父上さまが他界したアタシにとって
母上さまは、父上さまでもある。
母上さまは、自分が与えうるすべての時間と愛情を
幼いアタシに向けてくれたと、今ならわかる。
感謝してる。
(時に殺意わくけど。笑)
振り返れば、アレもコレも、アタシのため。
自分がしたいこともあったに違いないのに
「ひなたちゃんの大事な時期だから」と
アタシが歪まないように、見守り続けてくれた。
アタシは、ものすごいパパっ子だったから
イキナリ支えがいなくなって、精神的に危険だったと思う。
兄がいるとはいえ、一人っ子同然に育ったし
本気の兄弟ゲンカも争いも、よくわからない。
何かを奪い合うことも知らずに育ったし
愛情は、父上から異常なまでに注がれてた(笑)
でも、父上の死後、母上さまや周囲の大人のおかげで
父がいないことを、そこまで寂しいと思ってこなかった。
子供には、愛情をかけなきゃいけない時期が
それぞれにあるんだろうなぁ、と思う。
足りないんだから、埋めないとダメなはず。
母上さまは、そのタイミングを見逃さないよう
神経を尖らせていたんだろうなぁ。
アタシには、そんな真似出来ない。
だって、自分の時間が大事なんだもの。
自分にもしたいことがあるんだもの。
アタシがこんな自分勝手な人間だから、尚更思う
母上は、母として妻として女性として、誰よりも尊敬出来る。
父上は、自由奔放に生きて、母上を振り回しがちだったけれど
母上をちゃんと認めてたな、って幼心に感じてた。
子育てに関しては、全権を委ねていた父。
そして、ずっと口を出すことなく変わらなかった。
アタシは、両親に激しく怒られたことがない。
叩かれたり、怒鳴られたり、バツを与えられたり
そんなことされてない。
母上さまの感情に、左右された接し方もされてない。
いつも、普通。
いつも、母上さまのまま。
子供の時は、当たり前だと思っていたから
イライラして八つ当たりするママや
自分の都合で愛情をかけるママのことを、不思議な感じで聞いていたけれど
そっちが一般的やん(笑)
大人になればなるほど
母上さまの真似は、出来ないなと思う。
アタシ、短気だもん。
反抗期のムスメに対しても、母上さまは、そのまま。
ムスメは
勝手に反抗して
勝手に何か学んで
勝手に歩んできました(笑)
セルフ子育て?
反抗しても反抗しても
どこか、母上さまに守られていて
何かあったらなんとかしてくれるのは、母上さまだと妙な信頼がありました。
アタシに何があっても、母上さまは、そこで待ってる。
そんな、自信。
お腹や頭が痛いから、学校に行きたくないと言ったこともあります。
友達とケンカして、知らぬ間に孤立させられていたことも。
母上は、行きなさい、話しなさいと、ただの一度も言いませんでした。
「おかあさん、お家でひなたちゃんを待ってる。
どうしても嫌になったら、先生に言って帰ってらっしゃい(^-^)」
そう、送り出すのです。
ひなたが見えなくなるまで、ずっと見ていてくれました。
アタシは、何度も何度も振り返り、手を振りながら歩いていくのです。
「すぐに帰ろう」
席に着くまでは、確かにそう思っていても
次の時間まで、次の時間まで頑張ろう
ここで帰ったら、きっと明日はもっと行けなくなる。
帰りたい帰れない。
恐怖でした。
そう考えているうちに、下校時間になるのです。
毎日行きたくないというアタシ。
毎日待っているという母。
かなり戦いは続きました(笑)
母上の勝利でした。
アタシは、一度も休まずに卒業しちゃったのです。
今から思えば、死ぬわけでも無い理由で
お腹が痛くなったりして、弱かったなと思います。
しかし、小・中の間は、あの狭い世界がすべてであり
教師との関係や女子特有の世界でのズレ、友人関係の中での不信感…
些細なことの積み重ねが、とんでもない恐怖に育ってしまうこともある。
普通にみえていた母上さまも、兄上に登校拒否なんて無かったので
かなり、心配したそうです。
どうしても、ひなたちゃんが学校に行けないなら
家を売って、北海道(母上さま故郷)に引っ越そうとまで考えていたそうです。
ソコは、もうちょい思い留まれ、母!
過去に戻ることがあったなら、ツッコミに行きたいです。
しかし、彼女は本気。
だから、怖い。
可能だったから、余裕があったから
アタシに時間をかけていたわけでは、ありません。
アタシには、まだ話さない苦労も山ほど。
それを感じさせることなく来た点も、尊敬してしまう部分。
アタシ自身は、特に何かを我慢させられたり
不自由だった記憶は、ありません。
固定電話が止まった時も
「あら、銀行にお金入れて来なくちゃ。ふふ。しばらく静かね~」
「うん、しずかね~」
なんて、おまぬけな会話する母娘でした(笑)
好きなことをさせてもらいました。
母子家庭だからと、何かを諦めたことはありません。
当たり前だった平和。
今思うと怖い。
母上さまの、努力と献身と愛情が
どれだけアタシ一人に向けられていたのか考えると怖いです。
甘やかすことばかりが、愛の表現では無いんだと、示してくれた母。
今なら、わかります。
アタシのために、憎まれ役になってくれたこともたくさんありました。
言いにくい現実に、踏み込んでくれたこともありました。
今なら、ありがとうって思えます。
母上さまは、趣味のない人ではありません。
器用になんでもしますし、陶芸や習い事も
いつも褒められていたし、センスを発揮する人です。
ただ、それらのことは、アタシに使う時間の合間だけのものでした。
アタシが寝てから、少しずつ作品を仕上げていた事もありました。
今、アタシが、当時のアタシになれたなら…もっと色々させてあげたい。
母上さまは、提案を断るでしょうけれど
「趣味に時間使っていいよ」と言ってあげたい。
アタシは、子供の立場で、ただ愛される側だったから
モチロンそれはありがたい。
しかし、母上さまはどうだろう。
アタシの成長だけを願って生きる日々で、良かったんだろうか。
母親は、そこまで手放しで自分を投げ出して
子供の幸せ願うものなんだろうか。
アタシは、もういい大人だけど
やっぱり、母上さまは母上さまで
母上さまから見たアタシは、いつまでもムスメ。
大きなものに包まれて、時に泣きたくなる。
いや、殺意じゃなくて(笑)
一緒に住んでいると、反発してしまって
見えるものも見えなくなるけど
この数年で、随分と見え方が変わった。
母上さまは、ほんとにアタシのことばかり思ってくれてるんだなぁ、と思う。
アタシより、先に死なないでくれと、頼んだことがあった。
親不孝者っ!
と言われてしまった(笑)
ほんとに長生きしてくれ、母上さま。
アタシはまだ、生んでくれてありがとうと、言えてないんだ。
長く生きて、待っててくれ。
父上と兄上さまについては、また今度。
父上さまの事も、とても尊敬しています。
兄上さまは…結婚するまでなら(ブラコンだったんで。笑)
文武そこそこ器用な兄上さまに
ひなたは、何も追い付けない(目指してなかったけど。笑)
しかし、誰もその格差をツッコまない。
リアルに比べるには、年齢差がありすぎたのでしょうけれど
アタシは、違いを痛いほどわかっていました。
でも、ゴーイングな歩みしてましたけどね。
兄上は、芸術方面の何かが全く無い人だったので
絶妙な兄妹バランス(笑)
ああ、歳の離れた妹でよかった(笑)
ウニ好きルーツ。
ひなたのウニ好きは、一部に浸透済み。
小さな頃から好きなんだもん。
仕方がない。
兄がいても、アレが高いとか、コレが高いとか、話すこともなく。
一般知識欠落ウニスキーのまま成長(笑)
今から思えばこわい。
当時の寿司って、回ってないよ…orz
母上さま…少し止めてよ(笑)
ごめんなさい。
初ウニは、覚えています。
トシの離れた従姉妹と、海岸を散歩中、小さな舟発見。
珍しさで興味津々なチビひなたは、近づいてみました。
おっちゃんが一人で乗ってまして、怖い顔でにっこり(笑)
「もう全部(舟から)降ろしてきたわ。あ、マテマテ、ここに一個!」
そう言って、イガイガイガな生き物をくれたのです。
どうしてよいやら、たじろぐチビひなでしたが
従姉妹は現地人です。
「良かったねー。すぐ食べよう!」
そう言って、手頃な枝を見つけて来て、上手に割ってくれました。
もう!子供でも感動する味でした(笑)
「ウニはんまい!」
チビひなに、インプット。
大人になって、んまいものは高いと知りました…orz
子供の時の方が、自由に食べていた気が(爆)
画像は、ここ数年のウニ記録。
残せてないものもありますが、残っているものの中から探して来ました(笑)
食べ物記録…思い出にも浸れるし、見るのしゃーわせ~(〃ω〃)
自分じゃ行けないお店のごはん記録とか、特に!特に!(泣笑)
母上さまの故郷より愛。
昔のお話。
母上さまは、海越えた北国の人。
(この部分は、生涯同じ。笑)
海に囲まれてる土地に生まれたけれども
海では泳げない
プールは見学
という残念な虚弱ぶり(笑)
スキーがしてみたい
冬になるとそんなことをつぶやきます。
あ、あなたはどこ出身だ。
雪ならかきわけるほどあっただろう!(笑)
そんな母上さまには、兄上がいます。
ひなたが小さい頃には、海の幸を送ってくださいました。
「おじちゃーん、食べ物がありませーん」
ひなたよりヘルプコール。
鮭が届いたそうです(笑)
衝撃だったので、鮭のことはよーく覚えていますが
経緯をサクッと忘れてました。
すんません(笑)
またある時には、毛ガニ。
ひなたは、カニやらエビやらに触れません。
そして、母上さまは、その事実を最近ようやく認識。
一体、何年ひなたの母親をやってるんですか!
昔は、それを知らないから
「アラ!毛ガニ♪」
なんて言いながら、持ち上げてました。
嬉しそうに見せるな。
「ムリー。おかあはんが、全部食べてー」
と辞退しましたが
「大丈夫!身だけ取ってあげる」
そ、そう?
それなら…食べる(マテ。笑)
山盛りほぐしてもらった十代が懐かしい。
触れないんだから、食べたいとは言いません。
極力辞退してきたカニ人生。
しかし、周囲にいる仲良しさんは、別
「身だけちょうだい」
などと、外食時には、かなり迷惑かけてます(をい)
練習の甲斐あって、今では、触れます!
姿が出てきたら、息止まりますけど、足だけなら頑張れます!
甲羅は平気だから、カニミソに酒を注いでください(笑)
小さな頃から好きといえば、トラピストのクッキーとバター飴。
通常の黄色いバター飴は、絶対に食べないんですが
トラピストの飴、大好き。
従姉妹に現地まで行ってもらい、送ってもらったことも(笑)
ありがたや。
今は、大抵のものが通販していたりしますよね。
いい時代だな、と思います。
ありがたみは、やや失せますけど、欲しいときに手に入る事ってスゴい(笑)
しかし、おばあちゃんや、おじさまや、従姉妹のお姉ちゃんが
わざわざ送ってくれたものには、アタシへの愛も詰まってました。
おばあちゃんは、アタシが小さなころに亡くなりました。
いつも「とびっこ」を送ってくれたことが、懐かしいです。
昔の関西では、あまり知る人もなく、売ってませんでした。
「ひなたが気に入ったなら、送ってあげようね」
そう言っていたそうです。
生きていたら、今も送ってもらうんだと思います。
当時と違い、大阪でも買えます。
でも、おばあちゃんからの物がいいのです。
アタシが、喜んでいる姿を喜んで欲しい。
アタシのプレゼント大好きルーツは、この辺りか?(笑)
物が嬉しい訳じゃなく
アタシに贈ってくれる気持ちが嬉しい。
おばあちゃーん
会いたいなぁー。
いつかアッチで必ず(笑)
同窓実家がお肉。
いや、何か「お菓子の家」的なタイトルになってしもた(笑)
中学時代の同窓生の実家は、焼き肉屋さん。
本人は、初めて開催された学年同窓会に、来なかった。
その時に再開し、今も交流を続けている友人と
「会いたいねー」と、話をしていた。
当時は、毎日集まって、毎日飽きもせずに遊んでた(笑)
現代の子供と大違い。
どちらがいいかは、本人の好みだろうから、そこはどっちでもいい。
アタシ達は、その毎日が貴重だっただけ(笑)
思い出たくさん作ったし、儚い恋もした(爆)
今思っても、胸があったかくなることたくさんあった。
うん、学んだものもたくさんある。
大事な時代だったなぁ。
そんな仲間の一人だった、Kくん。
彼の実家で、情報を得るべく、Jちゃんとその子供と三人で突撃~(笑)
本人には会えなかったけれど、実家に時々顔を見せるらしい。
話によると、忙しいみたいだけど、元気そうだった。
高校生のパパだとー!(驚愕。笑)
わ、若いオトンやな。
いやぁ、どんな感じになってるんやろう。
Jちゃんと、想像を膨らませつつ、店を後にした(笑)
いつか、再会出来たら嬉しいなぁ。
Kくんの実家の焼き肉屋さんは、割と地元だった。
店名を思い出し、発見したJちゃん、エラーイ(笑)
ものすごい美味しくて、三人大満足。
おばちゃんもおっちゃんも、いい人やなあ、って感じデシタ。
アタシは、すでに道がわかりませんが、また行きたいです(笑)
太陽抵抗力。
太陽と相性が良くないと思う。
正確には、紫外線と仲良くなれない(笑)
真っ黒になって遊んでいたハズの子供時代。
しかし、真っ黒な歴史は、あまり残っていない(笑)
大人になって、太陽苦手な事実に目覚める。
地元の駅まで徒歩でてくてく。
腕に赤いプツプツが…orz
社会人になって、日傘買いました(笑)
そういえば、高校の時は、自転車やったわ!
ぴゅーっと、駅に着いてたわ!
恐るべし、紫外線。
先日、はじめてタオル巻きました。
海や山や、遊んでて巻くことはありました。
しかし、素で巻いたのは、初めて(笑)
今年の夏は、異常だよー。
このアタシが、クーラー入れまくるなんてー…orz
熱中症に気を付けます。
油断すると、本気でフーッとなるのは、経験済み。
みなさまも、お気をつけあそばせ(泣笑)
























