やはり考えれば考えるほどおかしな話しだと思う。

法律を決めたり、予算を決めたり、条約を決めたりする、三権分立の要となる国会議員(ここでは主に衆議院議員と参議院議員の事を言ってます)。
それを選挙という国民の総意を得るだけで決めるというのが…
国民が国民の代表を決めて、国民が先導する。
国民の誰もがその代表に立てる(国民主体)。
学力や学歴に左右されず、国を良くしていきたい気持ちがあれば良い。
その民主主義の考え方は良いものだし、そこに異論はない。

しかし!
よく考えてみてほしい…

知識や経験のない者に、重要な役目を任せてしまって良いんですか???

料理を生業としてる方々や毎日のように料理を作っている方々に問います。
料理の知識も経験もない素人が、レシピも見ずに作った料理が美味しい物になると思いますか?
お店やご家庭の食事を任せられますか?

色んな職に就いている方々に問います。
業界未経験で職に対する知識のない者が、上司や社長となって仕事や経営が上手くいくと思いますか?
会社や仕事の方針を決める時にその人に任せられますか?

ゲームのRPGをプレイした事のある方々やプレイしている方々に問います。
ゲームを触った事もなく知識もない者に、自分が途中まで進めていたゲームを任せられますか?
苦労して手に入れたアイテム等を、売ったり使ったりしてしまわないか不安になりませんか?

きっと誰しもが思うはずです…
上手くいくはずがない、任せられる訳がない。と

でも、それをやってしまいかねないのが今の選挙です。
じゃあ、任せられる人を選挙で選べば良いだけじゃん!
そう思う方もいらっしゃるでしょう。
実際その通りだと思います。
ですが、選挙期間の演説やポスター等で
国を良くしていく能力があるのか
それを判断できますか?
また、先程の例え話しに「よく知っている友人であれば任せられるかな?」と思われた方!
選挙期間の演説やポスター等で
信頼に足る人物だと、自分達の未来を任せても良いと思えますか?
もしあなたはできたとしても、国民の大多数がそれをできると思いますか?
筆者は無理だと思ってます。
なぜかというと、基準がなさすぎるのと、情報が圧倒的に足りないからです。
もっと言うと、日々やる事をやった上で趣味や娯楽の時間を削って、1から候補者の事を調べ尽くす。なんてこと全員が全員出来るはずがないんです!
(貴重な時間を消費して独自に調べるのが嫌というか、せっかくの時間が勿体無いというか、正直面倒というか…)
だからこそ!
ある程度の基準を満満たした人物で
どんな能力があって
どういう知識があるから
どんな風に
どういうところを
どう良くしていくのか
を一目でわかる様にすべきだと思います!!
もっと言うと、最低限の知識や教養があるかどうかわからない人間に、自分達の未来を任せたくない!!!
皆さんそう思いませんか?!

なので、ここで筆者が考える「選挙に立候補できる条件」を提案させていただきます!

1.国家公務員試験(または国会議員に必要な能力があるかどうかを試せるような、新たな試験)を合格している事。
2.1を満たしている者で選挙権を持っている者は誰でも立候補可能。
3.経歴、学歴、職歴等は問わない。

立候補に関してはこんな感じでしょうか?
現在の選挙は民主主義に則ったものとされていますが、それだったらなぜ年齢に制限があるのか、と不思議に思えてなりません。
まあ、おそらく「年齢=経験」と判断しての年齢制限だとは思いますが…
若い人にもその権利はあって然るべきだと思うので、選挙権がある人はそれと同時に(年齢的には)立候補も可能としても良いのではないでしょうか?

 次に選挙運動についても変えていっても良いのでは?と思っています。
2つ前の投稿にも記載しましたが、ここではそれをもっと発展させた案を記載していきます。

まず、
①選挙立候補者には一定額の選挙費用を渡します。
②立候補者にはその選挙費用内で選挙運動を行なってもらいます。
また③必ず実行・参加しなければならない選挙運動があります。
④選挙運動は期日前投票日の前々日までとし(選挙運動の期間は従来のまま)、⑤その日中に余った選挙費用を返還し、同時に選挙費用の領収書を提出します。
⑥そして期日前投票日の前日に、立候補それぞれの領収書と返還金額を国民に開示します。
(その他、細かい禁止事項等は従来のまま)

こんな感じでどうでしょうか?

なぜそんな内容となったのか、これから説明と補足をしていきます。

「①選挙立候補者には一定額の選挙費用を渡します。」
「②立候補者にはその選挙費用内で選挙運動を行なってもらいます。」
これらは決められた予算内で計画的な行動が出来るかどうかを、我々国民が判断出来るようにするためと、立候補の金銭面による選挙運動の優劣を極力失くすためです。
国会議員になれば予算の決定も行う訳ですから、その人の金銭に関する価値観や計画性を知っておくべきかと。
あと立候補の権利は平等であっても、その後に平等性が無ければ、所持金を一種の能力と考えるのであれば、果たしてそれは民主主義と言えるのか?と思ったからです。

当選したいが為に選挙運動で全額使い切るのか、例え多少不利になろうとも節約するのか等々…
そうやって選挙で誰に投票するのか、その判断材料とするための
「④選挙運動は期日前投票日の前々日までとし(選挙運動の期間は従来のまま)」
「⑤その日中に余った選挙費用を返還し、同時に選挙費用の領収書を提出します。」
「⑥そして期日前投票日の前日に、立候補それぞれの領収書と返還金額を国民に開示します。」
です!
期日前投票日までに情報が出揃っていれば、忙しい方も安心ですよね!
また領収書と返還金額を開示する事で、この人はどういう事に使ったのかが分かるというのもありますが、実際には使わずに懐に入れたり、無理矢理タダ働きをさせて人件費を浮かしたり等の不正を防止するためでもあります。
事実と異なる記載があっても、選挙運動は国民に見てもらうものですから、虚偽の報告は難しいでしょう。
(まあそれでも不正する人はいるでしょうが、そういう人は逮捕してもらいましょう。)

ただここまで読んでいて皆さん思ったはずです…
「選挙の度に立候補者に渡す金はどこから出すんだ!!」
と…
もちろん考えてあります!
そのお金は「国会議員全員が予め貯めていてもらう」または「選挙の度に国会議員全員から徴収する」です!!
国会議員の給料が高い!!と思われた方はいらっしゃるでしょう。それをただ高いから減らせ!ではなく、選挙のために!未来の日本のために!給料の内幾らかを選挙費用として貯めて(支払って)もらうんです!!
そして「給料からどれくらいを選挙費用として貯める(支払う)か」は国会議員自身に決めてもらいましょう!
国を支える人材への投資であり、国の未来のためですから、きっと快く貯めて(支払って)くれる事でしょう。

そして、
「⑤その日中に余った選挙費用を返還し、同時に選挙費用の領収書を提出します。」に記載している「返還する場所」ですが、それは当然国会議員…ではなく、国庫に入れてしまうんです!!
これなら使われなければ使われないほど、国庫が潤いますよね?(国庫のお金がどういうシステムかは良く分かってませんが…)

あとは
「③必ず実行・参加しなければならない選挙運動があります。」ですが、
これも2つ前の投稿にも少し触れたり、先程も触れた話しなのですが、演説やポスター等の
「当選後に何をしていくのか」
「どこに力を入れるのか」
だけだと、
そもそもその発言を信用して良いのか
意気込みは伝わってもそれを実現可能な能力があるのか
判断し難いと思いませんか?
なので、
選挙運動に幾つか強制的に実行・参加しなければならない項目を用意して、判断材料を増やそう!立候補者を多角的に見れるようにした方が良い!と筆者は考えた訳です。
あとは必ず実行・参加する選挙運動を決めていれば、それ以外は立候補者が考えて行動した事になるので、それもまた判断材料になり得るのでは?とも。

そして肝心な選挙運動の内容ですが、

・演説放送:1回
(現地とTV、動画配信サービスによる同時放送)
・公開討論会(ディスカッション):1回
(TV、動画配信サービスによる同時放送)
・公開議論会(ディベート):1回
(TV、動画配信サービスによる同時放送)
・公開集団討論会(グループディスカッション):1回
(TV、動画配信サービスによる同時放送)

で如何でしょう?

「演説放送」は文字通り、演説を実地で行ないそれを放送する事です。
「公開討論会(ディスカッション)」や
「公開討論会(ディベート)」、
「公開集団討論会(グループディスカッション)」は
2つ前の投稿で詳しく記載したので割愛させていただきますね。
それぞれ立候補者の
意気込みや思想、冷静に話し合い出来るか、相手の意見に耳を傾けられるか、判断力はあるか、理解力はあるか、決断力があるか、協調性やリーダーシップがあるか
もっと言えば信頼出来るかどうかすらも、知ることが出来るのではないでしょうか?
私達の国の重要な役割を担う人物を選ぶ訳ですから、国民全員に立候補者の能力や人柄、当選後の議論・討論の姿を投票前に知っておくべきだと思ってなりません。

きっとここまで厳しく且つ情報量を増やしても、投票した事を後悔する事はあると思います。
ですが、だからといって能力が低い(適性の低い)人が選ばれる確率は下げるべきではないでしょうか?
また、多角的な情報開示をする事で、判断材料が増える事で、少しでも若者が選挙や政治に興味を持ち、少しでも投票へ向かうようになるのでは?
と筆者は思い、この投稿をさせていただきました。

能力が全てとは言いません、信任よりも重要だという事でもありません。
ただ能力が無いよりはあった方が、色んな所で上手くいくのだから、国を良くしていこう!という意志とそれを実行していける能力も重視すべきでは?
という事です。