京都の研究会その1
6月19日は毎月恒例の京都での研究会です。
今回のゲストスピーカーは、京都大学大学院 薬学研究科、最先端創薬研究センター、客員教授の杉本 八郎 氏です。
【以下経歴抜粋】
エーザイ株式会社在籍中、研究員として2種の新薬創出に成功され、特にアルツハイマー病治療薬開発に大きな功績を残されています。
現在はアルツハイマーにおける新薬開発と診断方法について研究中でいらっしゃいます。
経歴からして、きっと大学はそれなりに著名な大学の薬学部かその他理科系の学部出身の方がエーザイに入社されたんだろうとお話しを聞くまではそう思っていました。
しかし、実際に話しを聞いてみると、学生時代は小説や哲学などの読書好きな文系で剣道にも没頭していて、数学や理科などは成績が良くなく嫌いだったとか。
大学はというと、大学には進学せず、高校に来ていた求人票から『エーザイ』を見つけ、カタカナだから何か新しい事をやってそうだ、という事で入社試験を受験、入社したそうです。入社してから製薬会社だと初めて知ったそうです。
文系で高卒、昭和30年代といえども周囲は大卒の理系ばかり。しかも配属先が新薬の研究開発部署。今ではありえない事です。
いくら配属されても、周囲は『所詮高卒』という感じで相手にされなかったそうです。そんな理系大卒組を見返してやろうと『先に新薬を作ってやる!』と日々頑張られたそうです。その結果1つ目の『創薬』に成功されたそうです。それがきっかけでやはり周囲の雰囲気も変わったそうです。
『創薬(新薬開発)』の世界というのは、研究者1人が一生のうちに一つ新薬開発成功すればまだいい方だそうです。数年前のデータでは1人が一つ開発に成功するのは0,02%で、最近では0,001%といった確率しかないそうです(正確な%は覚えていないのですが、大きくはずれていないと思います)。
そんな業界において杉本先生は現在60代ですが、すでに2つもの開発に成功されています。
学歴に関しては、入社する時は高卒でしたが、入社してしばらくしてから、やはりきちんと勉強しようと、会社から近かった中央大学理学部に入学。
その後、他の研究者との衝突で人事部に異動。研究できない部署に残るべきか辞めるべきか迷ったそうですが、年齢的な事もあり、人事部へ。人事部では日本全国の大学への出張が多く、そういった仕事の中でそれまでに書いていた3本の論文を手直しして広島大学で博士号を取らないかと言われ、博士号を取得されています。
高卒だから大卒に負けたくない、といったハングリー精神が今の日本人にあるでしょうか。もちろん、戦後社会のように高卒であっても活躍できる場が今は少ないというのはあるとは思いますが…。
高校行くだけの収入がないから税金で行かせてくれとか、子ども手当てをくれ、なんてマトモにその通りにしていたら、本当に日本がダメになると個人的にいつも危惧しています。
高校にしても大学にしても、行けなかったら行かなくてもいいと思うんですが…。
今、エーザイでも競合他社でも高卒の人を研究開発で採用する事はないだろう、理科系大卒ばかりの同じ粒揃いではなかなか創薬は難しいと、杉本先生も言っておられました。
今『竜馬伝』の影響か、ちょっとした幕末ブームですが、幕末の志士たちを見ると、そのほとんどが身分制度の中で下位の出自ばかりです。
【土佐】岩崎弥太郎、武市半平太(瑞山)、坂本龍馬
【長州】吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文
【薩摩】大久保一蔵(利通)、西郷吉之助(隆盛)
【幕臣】勝麟太郎(海舟)、渋沢栄一
思いつくだけでもこれだけ出てきます。みな下級武士です。
戦後日本を再建した政財界の要人を見れば、松下幸之助、本田 宗一郎、井植歳男、田中角栄、といったやはり混沌とした時代を突破する中心にいたのは学歴や経歴に左右されない人たちでした。
そういう意味でも杉本先生もそういった一人であり、非常に興味深い方だと思いました。

今までの研究会で最も魅力ある方でした。
今回のゲストスピーカーは、京都大学大学院 薬学研究科、最先端創薬研究センター、客員教授の杉本 八郎 氏です。
【以下経歴抜粋】
エーザイ株式会社在籍中、研究員として2種の新薬創出に成功され、特にアルツハイマー病治療薬開発に大きな功績を残されています。
現在はアルツハイマーにおける新薬開発と診断方法について研究中でいらっしゃいます。
経歴からして、きっと大学はそれなりに著名な大学の薬学部かその他理科系の学部出身の方がエーザイに入社されたんだろうとお話しを聞くまではそう思っていました。
しかし、実際に話しを聞いてみると、学生時代は小説や哲学などの読書好きな文系で剣道にも没頭していて、数学や理科などは成績が良くなく嫌いだったとか。
大学はというと、大学には進学せず、高校に来ていた求人票から『エーザイ』を見つけ、カタカナだから何か新しい事をやってそうだ、という事で入社試験を受験、入社したそうです。入社してから製薬会社だと初めて知ったそうです。
文系で高卒、昭和30年代といえども周囲は大卒の理系ばかり。しかも配属先が新薬の研究開発部署。今ではありえない事です。
いくら配属されても、周囲は『所詮高卒』という感じで相手にされなかったそうです。そんな理系大卒組を見返してやろうと『先に新薬を作ってやる!』と日々頑張られたそうです。その結果1つ目の『創薬』に成功されたそうです。それがきっかけでやはり周囲の雰囲気も変わったそうです。
『創薬(新薬開発)』の世界というのは、研究者1人が一生のうちに一つ新薬開発成功すればまだいい方だそうです。数年前のデータでは1人が一つ開発に成功するのは0,02%で、最近では0,001%といった確率しかないそうです(正確な%は覚えていないのですが、大きくはずれていないと思います)。
そんな業界において杉本先生は現在60代ですが、すでに2つもの開発に成功されています。
学歴に関しては、入社する時は高卒でしたが、入社してしばらくしてから、やはりきちんと勉強しようと、会社から近かった中央大学理学部に入学。
その後、他の研究者との衝突で人事部に異動。研究できない部署に残るべきか辞めるべきか迷ったそうですが、年齢的な事もあり、人事部へ。人事部では日本全国の大学への出張が多く、そういった仕事の中でそれまでに書いていた3本の論文を手直しして広島大学で博士号を取らないかと言われ、博士号を取得されています。
高卒だから大卒に負けたくない、といったハングリー精神が今の日本人にあるでしょうか。もちろん、戦後社会のように高卒であっても活躍できる場が今は少ないというのはあるとは思いますが…。
高校行くだけの収入がないから税金で行かせてくれとか、子ども手当てをくれ、なんてマトモにその通りにしていたら、本当に日本がダメになると個人的にいつも危惧しています。
高校にしても大学にしても、行けなかったら行かなくてもいいと思うんですが…。
今、エーザイでも競合他社でも高卒の人を研究開発で採用する事はないだろう、理科系大卒ばかりの同じ粒揃いではなかなか創薬は難しいと、杉本先生も言っておられました。
今『竜馬伝』の影響か、ちょっとした幕末ブームですが、幕末の志士たちを見ると、そのほとんどが身分制度の中で下位の出自ばかりです。
【土佐】岩崎弥太郎、武市半平太(瑞山)、坂本龍馬
【長州】吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文
【薩摩】大久保一蔵(利通)、西郷吉之助(隆盛)
【幕臣】勝麟太郎(海舟)、渋沢栄一
思いつくだけでもこれだけ出てきます。みな下級武士です。
戦後日本を再建した政財界の要人を見れば、松下幸之助、本田 宗一郎、井植歳男、田中角栄、といったやはり混沌とした時代を突破する中心にいたのは学歴や経歴に左右されない人たちでした。
そういう意味でも杉本先生もそういった一人であり、非常に興味深い方だと思いました。

今までの研究会で最も魅力ある方でした。





お昼前にひと雨あって今は晴れてきてるけど…こっちもまた降るのかなぁ(^_^;)
今、京都から帰ってきた~(^o^;)暑いx2
そろそろ寝まんじゅうの準備します~^^