そんな、嬉しいのだか悲しいのだか、自分でもわからない状態が続いていると、あと2週間で任期の3ヶ月となってしまうところまできた。
キョーコは、今日も風呂上がりに丹念に肌のお手入れをする。日々の努力の甲斐あって、吸い付くような、すべすべモチモチ肌になった。
(こ、これなら、『ほにゃらら』なことをすることになっても、敦賀さんにも少しはメリットがあるのかな。あの雑誌の記事に、男の人の意見で、『触っていて気持ちが良かった』って書いてあったし。
それにメリットもだけど、敦賀さんが気持ち良くなって、男の人のアノ部分が変化しないと最後までできな……って!ギャーっ!イヤーっ!!破廉恥よ!私っ!!なんてこと想像しちゃってるのー!!)
キョーコは興奮が治まるまで、しばし部屋の中をゴロゴロと暴れまわった。
そうやって、思う存分暴れまわって落ち着くと、覚悟を決めたようにのそりと立ち上がる。カレンダーの今日の日付にバツをつけて、ため息をついた。もうカウントダウンも終わりが近い。
…それなのに。と、今日の蓮のマンションでの出来事を思い出す。
夕食後に、例によってキッチンで蓮と二人で並んで作業をしていたら、ちゅっと音がして、頭頂部に軽く触れるだけのキスを落とされたことに気付く。ぽぽっと体が熱くなった。隣から、蓮のウズウズとした期待を含んだ、可愛らしい空気を感じる。赤い顔のまま蓮をソロリと見上げると、唇にもふにゅんっと音がしそうなキスを何度もされた。時々、イタズラな舌が、キョーコの唇をぺにょんっと舐めた。蓮の手は、キョーコの背中を臀部の割れ目ギリギリまで、背骨に沿って、ゆ…っくりと優しく撫でている。
蓮からの積極的なスキンシップ。それはそれは嬉しそうに、蓮はレベルアップさせてくる。でもキョーコは、いつもどう返していいのかわからなくて、ゆでダコみたいに全身を真っ赤にしてされるがままだ。そんなキョーコを見て、蓮はまた笑みを深くする。
「ね、金曜日、外食にしようと思うんだけど。」
キスに一旦満足したのか、口を離して嬉しそうに話す蓮に、キョーコは瞬間的に凍りついた。
(え…外食…?敦賀さん、期限の三ヶ月の直前一週間は、海外ロケで東京にいない…。だから、もう、私がここに来れるのも、ごはんを作れる機会も、ほとんどないのに。なのに、そんなこと…。)
思考の渦にズブズブと埋まっていきそうになったところで、キョーコはなんとか踏みとどまる。
「じゃ、じゃあ、私はその時間はお台所をお借りして、翌日の朝ごはんと、ロケ先に持っていけるお弁当を作っておきますね。念のために確認ですが、外食はどういったジャンルですか?和食?洋食?中華…」
サッと料理中の手元に視線を落として、声が震えないように、できるだけいつもの口調で話す。
(いけない、いけない。しっかりするのよ、私!不自然な間を空けちゃダメ。私の都合を押し付けたらダメ。重たい女だと思われたら、最後のベッドのお誘いが反古になるかもしれないもの。)
「…え、だから…外食を…。」
蓮は、不思議そうな声で返してくる。
「ええ、ですから翌日のメニューがかぶらないように参考までに教えていた「最上さんとだよ?最上さんと外食…と、買い物とか。デートしたいなって。」
蓮の言葉の意味がすぐに理解できずにポカンとするキョーコに、視線を合わせた蓮は続ける。
「俺達が付き合いはじめてから、俺が言いだしたこととはいえ、最上さんにはいつも負担ばかりかけて申し訳ないと思ってたんだ。『君の作ったごはんが毎日食べたい』って言葉で、君を縛っていたんじゃないかって。でも、毎回毎回ここに来て作ってもらうのも負担だろうし、最上さんだって、たまにはプロの作ったごはん食べたくない?それに、せっかくだし、あのブレスレットに似合う服も買いにいこうよ。」
キョーコが、料理中は外しているブレスレットが置いてあるケースを、蓮はチラリと見る。
強請るような、甘えるような。でも、探るような。そんな蓮の口調に、キョーコは思考がついていかない。
でもそれは私のお役目ではないので……と、思って固まってしまう。
「…あ、マスコミとか心配してる?大丈夫だよ。色々と気を付けるから。…だから、ね?一緒に行こう?」
(……そう、でしょうね。私なんかとスクープされたら、敦賀蓮の経歴に泥がつきますものね。マスコミ対策は万全でしょうね。)
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いいたします。」
キョーコは、浮かない顔のまま、深々とお辞儀をした。
金曜日。
キョーコを事務所で愛車に乗せた蓮は、まずタインティーへ向かった。そこでは、キョーコはまるでお姫様かお嬢様のような扱いを受けて、それこそ仕事でしかお目にかかることのない、上等な仕立てのワンピースを何着も試着させられて目を回した。キョーコがうっかりメイクアップされている間に、蓮に、もう一着&もう一足購入されたらしい。蓮が嬉々としてその化粧箱を小脇に抱えている。
自身を見つめる蓮の瞳を見るにつけ、キョーコはいたたまれなかった。あまりにも熱を持っていて、その目ん玉はとろ~りと解けだしてしまわないのですか?と少しだけ心配になってしまう。
京料理に舌鼓を打ちながらも、蓮の放つ甘い雰囲気に、キョーコは落ち着かない。ふと、会話が途切れると、蓮は、待ってましたとばかりに、その間を利用してキョーコをトロトロと見つめてくるのだ。
それに、キョーコには一つ、どうしても気懸かりがあった。
蓮の車がキョーコのマンションに着いて、キョーコは、ついにその時がきたと思った。大事なことを確認しなくてはならない。
8番目の彼女の仕事が今日で最後なのか、それとも、蓮がロケから帰ってくる一週間後の夜なのか。
いいかげん確認しなればと思うのに、蓮の返事が怖くて言い出せなかった。
今日が最終日なら、蓮のマンションの冷蔵庫を片付けなければならない。しかもしかも、今からベッドに誘われるということになってしまう。正直なところ、キョーコにはまだその覚悟はできていない。そして、キョーコには、まだ蓮の彼女でいたいという本音もあるのだ。…だとしても、問題もある。来週の蓮の帰宅後の夜としてしまうと、翌朝はもう、三ヶ月の期限を越えてしまうのだ。
(お泊まりは、でき…ないよね。敦賀さんのことだから、「やることやったから、サッサと帰れ。」って真夜中に追い出されたりはしないだろうけど…。車で送ってくれるのかな。いや、そんな手間をかけさせたくないし、狭い車内でどんな顔をしていいかもわからない。)
キョーコが無言のまま、滝のような汗を流しながら必死に考えていると。
「最上さんち、見てみたいな。」
蓮が軽い口調で唐突に申し出る。
「え…っ?それは…私のうちに上がりたいということですか?」
「うん。……だめ?」
蓮の頭に犬耳が生えて、くてん、と垂れているように見えてしまう。
(たっ、タレ耳っっっ!か、可愛いけども!!悶えるけども!!そ、そ、それって、私のベッドでそういうことしようってお誘い?
……って、いやいや絶対にダメだ。敦賀さんと『うにゃらら』なことをしたあとのベッドに、これからも一人で寝続けるなんて死んでも無理!絶対に敦賀さんのこと忘れられなくなる。これ以上苦しむ材料を増やしたくない。)
「だ、ダメです!」
「…どうしても?ちょっと玄関まで入るだけでも?」
蓮があっさり引き下がると思ったが、キョーコの予想に反して粘ってきた。
(もしかして、敦賀さん、自分のベッドに私が入るのが嫌とか、汚されたくないとか…?へ、凹む…!そ、それでもやっぱりダメ…!)
「ど、どうしても…ですよ?」
蓮のくてんくてんのお耳が気になって、弱気な言い方になってしまう。
「なんで?俺達付き合ってるんだし。前に、だるまやに下宿してた頃、一度部屋にいれてもらったことあったよ?」
(蓮の助が、寒空の下で段ボールの中でキュンキュン鳴いてるっ!ああ、可哀想に…暖かい我が家に連れて帰ってあげたいっ!…ってイヤイヤ違うし!)
「『なんで?』って、だるまやには大将も女将さんもいたじゃないですか。あそこは表向きは料理屋だし。でも、ここは、どう見ても単身者用のマンションです。敦賀蓮がこんなところに入るところを誰かに見られたりでもしたら……!」
キョーコの抵抗に合って、むくれた蓮は無言になってそっぽを向く。でも、怨キョが反応しないところをみると、本当に怒っている、とかいうわけではなさそうだ。
キョーコがこの場をどう取り繕うかと、オロオロと視線をさ迷わせていると、キョーコの膝の上の両手をいきなりぎゅっと蓮に握りこまれた。驚いて振り仰いだところで、のし掛ってきた蓮に、助手席のリクライニングを倒される。
「なにっ…ぅんむっ。」
蓮に口を塞がれたと思った瞬間、ぬめりを帯びた蓮の舌が、キョーコの口腔内を味わうように這いまわる。
(こんなところを誰かに見られたりでもしたら!)
キョーコは、焦って捕まれた両手を揺すったが、蓮の右手はびくともしないし、蓮の左手に顎を固定されていて、顔も動かせない。ブレスレットが手首に食い込んで、少しだけ痛い。
しばらく蓮のやりたいようにされていて。…ちゅっ。と音を立てて、蓮が少し顔を離す。
「…家に上げてくれなかったからだよ?」
声はとても優しい。
キョーコは、この状況に焦るやら、恥ずかしくて心臓が激しく暴れるやらで、反論の一つもできない。
後部座席には、もう一組の、タインティーのワンピースとパンプスが入った化粧箱が置いてある。蓮は視線をチラリと一瞬だけそちらに向けた。
「今日はこれで諦めるから…。来週の夜俺がロケから帰ってきたら、俺のマンションにあれを着てきてほしいほしいのだけれど…。」
キョーコを求める気持ちを隠そうともしていない、欲情した蓮の瞳に出会って、思わずバッと音を立てて視線を外した。
そのキョーコの反応は想定内だったのか、蓮は気にせずに話し続ける。
「前に教えたよね?男が女性に服を贈るのはどういう時なのか。…俺が、君に、あのワンピースを贈った意味を考えて着てきて…。君に無理はしてほしくないけど……。でも。俺はすごく…すごく楽しみにしてるから。」
もう一度、深く深く唇を合わせたあと、蓮はキョーコの腕を引いて起こした。
「本当に楽しみにしてるから。」
蓮は、するり、とキョーコの耳せんを撫でて、耳元で囁く。
蓮の手に誘導されて、キョーコはマンションの入り口までフラフラと歩いた。
キョーコは、今日も風呂上がりに丹念に肌のお手入れをする。日々の努力の甲斐あって、吸い付くような、すべすべモチモチ肌になった。
(こ、これなら、『ほにゃらら』なことをすることになっても、敦賀さんにも少しはメリットがあるのかな。あの雑誌の記事に、男の人の意見で、『触っていて気持ちが良かった』って書いてあったし。
それにメリットもだけど、敦賀さんが気持ち良くなって、男の人のアノ部分が変化しないと最後までできな……って!ギャーっ!イヤーっ!!破廉恥よ!私っ!!なんてこと想像しちゃってるのー!!)
キョーコは興奮が治まるまで、しばし部屋の中をゴロゴロと暴れまわった。
そうやって、思う存分暴れまわって落ち着くと、覚悟を決めたようにのそりと立ち上がる。カレンダーの今日の日付にバツをつけて、ため息をついた。もうカウントダウンも終わりが近い。
…それなのに。と、今日の蓮のマンションでの出来事を思い出す。
夕食後に、例によってキッチンで蓮と二人で並んで作業をしていたら、ちゅっと音がして、頭頂部に軽く触れるだけのキスを落とされたことに気付く。ぽぽっと体が熱くなった。隣から、蓮のウズウズとした期待を含んだ、可愛らしい空気を感じる。赤い顔のまま蓮をソロリと見上げると、唇にもふにゅんっと音がしそうなキスを何度もされた。時々、イタズラな舌が、キョーコの唇をぺにょんっと舐めた。蓮の手は、キョーコの背中を臀部の割れ目ギリギリまで、背骨に沿って、ゆ…っくりと優しく撫でている。
蓮からの積極的なスキンシップ。それはそれは嬉しそうに、蓮はレベルアップさせてくる。でもキョーコは、いつもどう返していいのかわからなくて、ゆでダコみたいに全身を真っ赤にしてされるがままだ。そんなキョーコを見て、蓮はまた笑みを深くする。
「ね、金曜日、外食にしようと思うんだけど。」
キスに一旦満足したのか、口を離して嬉しそうに話す蓮に、キョーコは瞬間的に凍りついた。
(え…外食…?敦賀さん、期限の三ヶ月の直前一週間は、海外ロケで東京にいない…。だから、もう、私がここに来れるのも、ごはんを作れる機会も、ほとんどないのに。なのに、そんなこと…。)
思考の渦にズブズブと埋まっていきそうになったところで、キョーコはなんとか踏みとどまる。
「じゃ、じゃあ、私はその時間はお台所をお借りして、翌日の朝ごはんと、ロケ先に持っていけるお弁当を作っておきますね。念のために確認ですが、外食はどういったジャンルですか?和食?洋食?中華…」
サッと料理中の手元に視線を落として、声が震えないように、できるだけいつもの口調で話す。
(いけない、いけない。しっかりするのよ、私!不自然な間を空けちゃダメ。私の都合を押し付けたらダメ。重たい女だと思われたら、最後のベッドのお誘いが反古になるかもしれないもの。)
「…え、だから…外食を…。」
蓮は、不思議そうな声で返してくる。
「ええ、ですから翌日のメニューがかぶらないように参考までに教えていた「最上さんとだよ?最上さんと外食…と、買い物とか。デートしたいなって。」
蓮の言葉の意味がすぐに理解できずにポカンとするキョーコに、視線を合わせた蓮は続ける。
「俺達が付き合いはじめてから、俺が言いだしたこととはいえ、最上さんにはいつも負担ばかりかけて申し訳ないと思ってたんだ。『君の作ったごはんが毎日食べたい』って言葉で、君を縛っていたんじゃないかって。でも、毎回毎回ここに来て作ってもらうのも負担だろうし、最上さんだって、たまにはプロの作ったごはん食べたくない?それに、せっかくだし、あのブレスレットに似合う服も買いにいこうよ。」
キョーコが、料理中は外しているブレスレットが置いてあるケースを、蓮はチラリと見る。
強請るような、甘えるような。でも、探るような。そんな蓮の口調に、キョーコは思考がついていかない。
でもそれは私のお役目ではないので……と、思って固まってしまう。
「…あ、マスコミとか心配してる?大丈夫だよ。色々と気を付けるから。…だから、ね?一緒に行こう?」
(……そう、でしょうね。私なんかとスクープされたら、敦賀蓮の経歴に泥がつきますものね。マスコミ対策は万全でしょうね。)
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いいたします。」
キョーコは、浮かない顔のまま、深々とお辞儀をした。
金曜日。
キョーコを事務所で愛車に乗せた蓮は、まずタインティーへ向かった。そこでは、キョーコはまるでお姫様かお嬢様のような扱いを受けて、それこそ仕事でしかお目にかかることのない、上等な仕立てのワンピースを何着も試着させられて目を回した。キョーコがうっかりメイクアップされている間に、蓮に、もう一着&もう一足購入されたらしい。蓮が嬉々としてその化粧箱を小脇に抱えている。
自身を見つめる蓮の瞳を見るにつけ、キョーコはいたたまれなかった。あまりにも熱を持っていて、その目ん玉はとろ~りと解けだしてしまわないのですか?と少しだけ心配になってしまう。
京料理に舌鼓を打ちながらも、蓮の放つ甘い雰囲気に、キョーコは落ち着かない。ふと、会話が途切れると、蓮は、待ってましたとばかりに、その間を利用してキョーコをトロトロと見つめてくるのだ。
それに、キョーコには一つ、どうしても気懸かりがあった。
蓮の車がキョーコのマンションに着いて、キョーコは、ついにその時がきたと思った。大事なことを確認しなくてはならない。
8番目の彼女の仕事が今日で最後なのか、それとも、蓮がロケから帰ってくる一週間後の夜なのか。
いいかげん確認しなればと思うのに、蓮の返事が怖くて言い出せなかった。
今日が最終日なら、蓮のマンションの冷蔵庫を片付けなければならない。しかもしかも、今からベッドに誘われるということになってしまう。正直なところ、キョーコにはまだその覚悟はできていない。そして、キョーコには、まだ蓮の彼女でいたいという本音もあるのだ。…だとしても、問題もある。来週の蓮の帰宅後の夜としてしまうと、翌朝はもう、三ヶ月の期限を越えてしまうのだ。
(お泊まりは、でき…ないよね。敦賀さんのことだから、「やることやったから、サッサと帰れ。」って真夜中に追い出されたりはしないだろうけど…。車で送ってくれるのかな。いや、そんな手間をかけさせたくないし、狭い車内でどんな顔をしていいかもわからない。)
キョーコが無言のまま、滝のような汗を流しながら必死に考えていると。
「最上さんち、見てみたいな。」
蓮が軽い口調で唐突に申し出る。
「え…っ?それは…私のうちに上がりたいということですか?」
「うん。……だめ?」
蓮の頭に犬耳が生えて、くてん、と垂れているように見えてしまう。
(たっ、タレ耳っっっ!か、可愛いけども!!悶えるけども!!そ、そ、それって、私のベッドでそういうことしようってお誘い?
……って、いやいや絶対にダメだ。敦賀さんと『うにゃらら』なことをしたあとのベッドに、これからも一人で寝続けるなんて死んでも無理!絶対に敦賀さんのこと忘れられなくなる。これ以上苦しむ材料を増やしたくない。)
「だ、ダメです!」
「…どうしても?ちょっと玄関まで入るだけでも?」
蓮があっさり引き下がると思ったが、キョーコの予想に反して粘ってきた。
(もしかして、敦賀さん、自分のベッドに私が入るのが嫌とか、汚されたくないとか…?へ、凹む…!そ、それでもやっぱりダメ…!)
「ど、どうしても…ですよ?」
蓮のくてんくてんのお耳が気になって、弱気な言い方になってしまう。
「なんで?俺達付き合ってるんだし。前に、だるまやに下宿してた頃、一度部屋にいれてもらったことあったよ?」
(蓮の助が、寒空の下で段ボールの中でキュンキュン鳴いてるっ!ああ、可哀想に…暖かい我が家に連れて帰ってあげたいっ!…ってイヤイヤ違うし!)
「『なんで?』って、だるまやには大将も女将さんもいたじゃないですか。あそこは表向きは料理屋だし。でも、ここは、どう見ても単身者用のマンションです。敦賀蓮がこんなところに入るところを誰かに見られたりでもしたら……!」
キョーコの抵抗に合って、むくれた蓮は無言になってそっぽを向く。でも、怨キョが反応しないところをみると、本当に怒っている、とかいうわけではなさそうだ。
キョーコがこの場をどう取り繕うかと、オロオロと視線をさ迷わせていると、キョーコの膝の上の両手をいきなりぎゅっと蓮に握りこまれた。驚いて振り仰いだところで、のし掛ってきた蓮に、助手席のリクライニングを倒される。
「なにっ…ぅんむっ。」
蓮に口を塞がれたと思った瞬間、ぬめりを帯びた蓮の舌が、キョーコの口腔内を味わうように這いまわる。
(こんなところを誰かに見られたりでもしたら!)
キョーコは、焦って捕まれた両手を揺すったが、蓮の右手はびくともしないし、蓮の左手に顎を固定されていて、顔も動かせない。ブレスレットが手首に食い込んで、少しだけ痛い。
しばらく蓮のやりたいようにされていて。…ちゅっ。と音を立てて、蓮が少し顔を離す。
「…家に上げてくれなかったからだよ?」
声はとても優しい。
キョーコは、この状況に焦るやら、恥ずかしくて心臓が激しく暴れるやらで、反論の一つもできない。
後部座席には、もう一組の、タインティーのワンピースとパンプスが入った化粧箱が置いてある。蓮は視線をチラリと一瞬だけそちらに向けた。
「今日はこれで諦めるから…。来週の夜俺がロケから帰ってきたら、俺のマンションにあれを着てきてほしいほしいのだけれど…。」
キョーコを求める気持ちを隠そうともしていない、欲情した蓮の瞳に出会って、思わずバッと音を立てて視線を外した。
そのキョーコの反応は想定内だったのか、蓮は気にせずに話し続ける。
「前に教えたよね?男が女性に服を贈るのはどういう時なのか。…俺が、君に、あのワンピースを贈った意味を考えて着てきて…。君に無理はしてほしくないけど……。でも。俺はすごく…すごく楽しみにしてるから。」
もう一度、深く深く唇を合わせたあと、蓮はキョーコの腕を引いて起こした。
「本当に楽しみにしてるから。」
蓮は、するり、とキョーコの耳せんを撫でて、耳元で囁く。
蓮の手に誘導されて、キョーコはマンションの入り口までフラフラと歩いた。