産後鬱になる。 | ほののん

ほののん

8月23日に緊急帝王切開にて、女の子を出産しました
33歳にして初産
わからないことばかりの育児に奮闘中です

ほのが退院して翌日、もう一度病院へ
退院してから母乳もだけどとにかくミルクくれたよ
退院翌日は体重の増えもとてもよくて黄疸の数字も下がってた
大丈夫って言われて嬉しかったな~

退院1週間後に体重の増えはどうか病院行ったんだけど・・・
増えがよくなくて、とにかく起こすこと、しっかりおっぱいも吸わせてミルクも足すこと・・・
体重増えてないって数字で示されるときつかった・・・
私の頑張りが足りないんだ・・・ってすごく落ち込んだ

帰る車の中からもうどんより沈んでしまって・・・

旦那と離れるのもすごく辛かった
入院中、夏休みがかぶってくれた旦那がたくさん会いに来てくれたし・・・
久しぶりに一緒に眠ったら幸せだったし

それと、母親!!
母親と喧嘩をいたしまして・・・(汗)
私に怒って口きかないならいいんだけど、ほのにも同じ態度を取ってて
ほのが泣いてても知らんぷり
もう、ありえないと思ったよ

そんな感じでぐるぐると色々と思うところあり・・・
旦那が帰ってからメソメソ泣いてばかりいて
ほのは全然起きないし
おっぱい吸うどころじゃない
ミルクもやっとやっと哺乳瓶で飲む

しまいには、嘔吐・・・
かなり大量にげぼった
鼻からも噴射してた

初めてのことに私がパニック
真夜中に何度も着替えをした
ミルク足してもいないのにまた吐いた

私は吐くということをあまりしない
妊娠中もほんと吐かなかったし
歯磨きしてておえったぐらいで

だから余計苦しいだろうにどうしようって
着替えさせながらまた泣いた

そんな感じでしばらくは泣いてばかりしたよ・・・

あんまりにも泣いて泣いて泣いて不安定だからって母親が一緒に寝てくれるようになったんだよ
それは里帰りが終わりまで続いたんだけど、ありがたかったな~・・・
夜泣きするほのを抱っこしてくれたり、おっぱいあげてていいよミルク作ってくるからとか
ほんとにありがたかったです・・・

おっぱいはほんとに上手にあげられなかった
泣いてる、おっぱいってなっても、乳首保護器をつけないといけなかったし
もたもたしっぱなしで、結局満足にあげられないでミルクを哺乳瓶で、とか搾乳したおっぱいをあげてたよ

実家には1ヶ月居たんだけど・・・
今になって、母親も父親もほのともっと一緒にいたかっただろうな、と思う
近所の人が母親に帰っちゃったら寂しいね、って言った時、
「泣いちゃう」って笑いながら言ってた
うちらが帰ったら泣いちゃうのかなとか考えてまた私も泣いてたり

とにかく、馬鹿みたいに涙脆かったのですよ・・・
それは実家を離れてからしばらくは続いたかな

胎盤がなくなるからホルモンバランスが崩れるんだってね
わかるんだけど、ほんと泣いてばかりだったー

そんな私も、やっとほののお世話にゆとりをもてたのが退院から2週間後だった
ちょうど、朝晩計ってた血圧の表を見に行って、その時にほのの体重の増加具合も見てもらった
おっぱいを吸ってもらってないことがすごく後ろめたいというか・・・
なんて言われるかなってびくびくしてた
体重の増えは申し分なし、この時の看護師さんとても優しくていい人で・・・
あんまりストレスためちゃいけないよって言ってくれるような人だった
体重も増えていたし、そう言ってもらってほっとできたよ

それからはもう色々割り切ってほのとの生活を楽しむようになったよ
でも、ストレスで蕁麻疹酷くてー
皮膚科かかったりもした

今上手におっぱい吸えなくても、月齢が進めば上手に吸えるようになるさ♪

って気楽に育児できるようになったな

高校の時の友達の千佳が息子ちゃん連れて会いに来てくれたのも、近所の妹の友達が赤ちゃん連れて来てくれたのもすごく嬉しかった^^

産後鬱になんかならないよ私は♪とか思ってた・・・ような(汗)
でも、それだけほののこと考えてたってことだよーーー