もしも、結婚とは、
「自分の魂の向上の為の修行です。」
と聞かされていたら、
人々はきっと
もっと慎重にパートナー選びをしたでしょうね。

「結婚が最高の修行」と知らずに

結婚するから、覚悟もないまま、
夢を見て生活して、
ちょっとした事で合わないとか、
上手くいかないとか、
愛されてないとかなんとか言って、
破局して離婚になったりする。

「自分を高める為の修行」という
名目のゲームの名前が「結婚」と
世間に浸透していたら、
ゲームのパートナー選びは
みんなさぞ真剣に考えて選んでいたに違いない。

世間に知られる名目が違い過ぎる訳です。

私もその一人で、
夢に踊らされ、結婚枠で
路頭に迷いました。

ようやく自分の置かれている立場が
「修行の場」と気付き、
そのゲームプレイヤーという視点から
人生を眺めたら、全てにおいて、
腑に落ちるんです。

そこでまた気付いたのは、
直感の大切さ。
パートナーとの共感、感覚の大事さ。

感覚の違い過ぎるパートナー選びは
修行の質をかなり上げます。
(厳しいですね。)

この修行を続けて行く上で、
共感のポイントが違い過ぎるパートナーを
私は選んでいて、
その功績は日々物凄いものです。

フラットに言えば、
共感しない悲しさを共感出来そうな場面で
尽く却下され続けるので悲しさが募ります。