幸せって、人それぞれで、
どれが幸せかは
それぞれ個人が感じる事。
そう心のどこかでは解っているから
良く人にはそんな事を言うくせに、
ある型にはまった幸せが
本当の幸せなんだと、
思い込んでいるってケース
結構あります。
過干渉の親に多く見られると
私は感じるんだよね。
ほら、子供に向って、
親は伊達に年取ってるんじゃないんだよ。
色々経験したし、
色んな失敗もしてきたから、
子供たちにはそうなって欲しくないって言って、
自分の幸せのコースを子供に
歩ませようとする。
そういう親も、
幸せは人それぞれだから、
なんていいながら、
幸せの定義は自分の幸せの定義にはめて
いつも子供に口うるさく干渉するんだ。
矛盾しているよね?
子供には子供のモノサシがあって、
親には親のモノサシがあって、
10人居れば10人のモノサシで、
幸せを感じている。
のに、
そうやって、
過干渉になって、
親が真っ白なモノサシに
どんどん線を書き入れる。
そんなの本当の私のモノサシではない。
だから、
そのモノサシに合わせて、
自分を幸せにしようと、
頑張っても、頑張っても、
幸せって感じられないんだよ。
一度白紙にもどして、
自分のモノサシの線を
しっかり入れること。
これが本当の幸せなんじゃないのかな?