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Sky Perfect TV Tourbillon

全然補って措いて見て無かったVを見ようと思った

多分、本来なら一生見ることの無いV

何時ものように

部屋の片隅に積まれて

忘れて

引越しのときに捨てる

であろう

そのものだ


「HEAVEN」のCDが出て

聞く機会があって

聞いて

「こんな音だったか・・・」

密かに動揺して

探したV


けれど

本当のこと

いや

厳密に言えば

テレビ放送の音は違った


武道館の音では無かった


いやいや違うな

私の音響設備が良かった

ということなんだ

武道館の音は普通だった

Tourbillonの音は実際にはあまり良く無かった

武道館特有の音でもあったが

其々の音の元も下手だった

それが一番綺麗で完璧な音へと変わったのは

テレビの音楽ディレクターのセンスに

ミキシング装置の性能

で、私の機材の性能の賜物であろう


実際の感じた音は感覚だけ残り

いまは印象しか無い


それがライブ


つまら無いことも覚えている

打ち込みの音が全体的にベースになっている

その音のカウント・リズム・旋律

どれもが

「GROVER WASHINGTON,JR.」

彼の代表作

「JUST THE TWO OF US」

そのものなのだ

顕著に音が判るのは

「眠れる森の君」


グローヴァー・ワシントンJr

サックス奏者である彼の

ありのままは

「ソウル」


新しいといえば

「フュージョン」

「ジャズ」

「サックス・ミュージック」


Tourbillonは

全くといっていい程 このままの流れで

私にとっては新しい音でも何でも無い


寧ろ懐かしい


カバーのカバー

そして80年代の再来


しかし聞いていてボーカルが曲にあって無い

ボーカルの声の音

そのものがこの曲の流れには合わない

instrumentalのほうが完成された音として成り立つ

河村隆一独特の歌い方や声の質

Tourbillonの楽曲には合わ無い

やはりRYUICHIがいいのか

とも違う

RYUICHIは確かに吠えて叫んで怒鳴って

バラバラの音の歌手

でも声は「甘い声」なんだ


絶対の愛を唄う甘い声に

黒人の音楽ベースには不釣合いだ


もっと別の何か・・・じゃないと


Tourbillonの河村隆一

TourbillonのRYUICHI

ではTourbillonはひとりで歩きはじめると思う


Tourbillon

曲自体は完成されていて素晴らしい

いまはinstrumentalなら完璧

機械の乾いた音は耳を裏切らない

調整された楽器音もまた滑らかで心地いい


ボーカルの唯一

生きた声がそれを邪魔している



HEAVEN

Tourbillon Debut

Tourbillon「HEAVEN」がPRESS音源として

Debutした

此れまで武道館での演奏から始まり

「ギャオ」「各試聴」「公式」「CS」「CM」と・・・

何度もみんなが耳にしていた音が

正式な音源として世に出た


急かされるように

封を切り

デジタルデッキに入れ

小さな音量で聞いた

大音量の迫力に誤魔化されないよう

ひとり笑って耳を澄ませた


違う音になったんだな

と、感じた


一般的な楽曲に変わっていた


始まりの音入れ

リズムパーカッション

途中からの大きな流れ

歌謡曲ロックの王道

サビの音楽隊の華やかさ

メロセンの歌いやすい音階

そして特有のフェードアウトの仕方


唯一変わって無いのは

巻き舌の甘い唄うたいのイントネーションだ


コーラスの被せも

彼の声の重ね合わせで無ければ

RYUICHI本来の

表現力に意味など無い


当初の謳い文句の

「フュージョン」

一体何処に行ったのか?

リズムセクションだけ多少残したのか・・・


これ・・


凄く平凡な歌謡ロック


売れ線狙い

なんだ



なんだかな




Tourbillon

情報通は速さが目的?(ーー;)アホか・・・

最近、つくづく呆れることがある

↑のタイトルに気づいていると思うが・・・

何でも観でも

「一番に知りたい」

という人が多い(ーー;)

何故だ?

誰よりも早く知ることが、そんなに重要なのか!

人より早く知っているから何なんだ

教えて優越感に浸る・・目的か?

それとも

「なーんだ、そんなこと知らなかったの?」

と、でも言いたいのか

そんなに先を急いで走り続けて情報を得ても

楽しくは無いのではないのか?

色んな情報を網羅していても

それが何だ

ソースも大体が確実に同じところ

コピーのコピーだ

それを誰が早く見つけるかに命を掛けたような

努力の賜物のようなリスト的存在

これって機から見たら

可笑しい(ー_ー)!!


そして、度が過ぎて

穿らなくてもいい記事が出て来たり

何処を見ても同じことが書かれているようになる

読み手は面白いとは感じ無い

右向け右、左向け左の

この日本人的発想は如何なものだろう


最初に世間に出てきたとき

ある目的意識がブログにはあった

いまは大体の意思の疎通は達成したので

もう存在自体の意味は余り無く

その時点から記事に意見を書くのを止めた

それはソースを略全部公開しているのにも関わらず

同じ記事を書くときに、そのサイトには

ソースを載せない現象が出てきたからだ

元のソースは友達ソースでは意味が無い

公表も時を空けるように努めているのも

そのせいだ

競争には参加し無いし

知ってることは公開数日後に限る

仕事柄、絶対数の情報は自分にある

リアルタイムも勝る

そんな中で渦に巻き込まれるのは

御免だ!

利用され無いよう

日々気を使うのだけでも苦いのだが

致し方在るまい


これからも隠し処理の秘密もどき

謎解き貼り付けで遊びはするが

アルバトロス的な

明確な公示は避けて通ることにする

出来ればメールでの先取り情報の問い合わせも

これからは御勘弁願いたい


HEAVEN

CMのCONCEPT

放映時間を知ってはいても

中々生ではCMを見ることは無い


いま

ベイリーズのTourbillon 「HEAVEN」が流れた

一言で言えば「暗い」

誰が見ても最初は戸惑う構成

監督の趣味は生かされているのだが

商品のイメージ・購買意欲は

これで大丈夫なのかは疑問だ

流れている放送時間帯も深夜に流して見る人達の

ターゲット性は何なのだろうか・・・


そしていま

「デル」のTourbillon 「HEAVEN」が流れた

此方も殆ど変わら無いイメージのまま

20秒のPVでのTourbillon

「怖い」「異様」だ

実際、Tourbillon は世間一般には知られてい無い

CMとPRビデオ(PV)を連動させたこの企画には

無理があるのではないのか・・・


続けてもう一度

「デル」のTourbillon 「HEAVEN」が流れた

この夜更けの怒涛のCM

それも深夜映画の協賛

どれだけの人が見ているのだろう?


このVの監督はLUNA SEA時代にも

後半に曲を3本撮っている

どのVでも非常によく似ている構成に

光のあて方・色使いをする

映像的には完成度の非常に高い作品を

この世に送り出す奇才な人物である

今回の作品も見て判るとおり

とてもハイセンスに仕上がっている


しかしCMのCONCEPTとしては

どうなのか・・・

商品を買いたくなる印象としては

(光とかギャグとかでは無い)

明るさが無い

商品の輝きを表わす光が見えづらい


カッコイイ=ビジァル・黒・暗い・無機質・古

大人のイメージに以前の彼らの形は捉えずらい

PVとしての絵も

Tourbillon の此れからの絵面になっているのかは

不思議と浮かんでこ無い


「HEAVEN」の未知への希望とか愛

飛躍の構図がダークなイメージと重なら無いし


確かに大人の音は落ち着いてはいるが

イメージは決してDARKSIDEの世界では無い


今迄のイメージのカッコ良さの場所より

大人のカッコ良さなら、もっと他の違う場所

「HEAVEN」へ・・・

本来のCONCEPTは其処にある


Tourbillon

ネットの海は果てし無く

此れだけ自由に勝手に気ままに(笑)自分の意思なり

意思と反対のことなりを書き尽くす場はネット以外は無いのだろう

誰もが無料で簡単にパソコンを携帯モバイルを使えるようにしたのは

間違いだったのかも知れ無い

ドスを記号を一字一字打ち込んでコンピューターを使っていた頃とは

ネットの社会も随分変わった

もっと簡単に、もっと使い勝手良く、そしてもっと自由にし過ぎた

そもそも自分の気持ちとは、ひとつのものでは無いし、

日々変わるものだ

ひとつの言葉じりなり意見に、

『そのひとの全てを見た』ような意見が多々、

いや殆どこれに通じる意見が返ってくるのだ

どのサイトもこの流れに通じる

何がそうも引っ掛かるのか?

自分と違う意見だからか?

それとも最初から聞く耳持たず!なのか?

なら、態々覗いて読むことは無いだろう

そして敢えて書き込みすることも阿保だろう 徒労だ

違う意見をそんなに聞いてほしいのだろうか?

それも自分が毛嫌いしている場所でか・・・

違う意見を書くな!とは言わ無いが、

それならそれで『書き方』がある筈だ

ひとのサイトなりブログに来てる『来客』だと云う事を

忘れての書き込みは迷惑でしか無い

来客なりの遠慮が欠けているのにも関わらず

ましてや非難轟々では

その来客の馬鹿さを見てるようでなら無い

隣の家の庭で『ここの子供は煩い』と大声で叫んでいるようだ

本当は当の叫んでいる本人が一番煩いのである

でわ・・叫ぶ場所は本家か?

これもまた違うだろう

ひとの意見など一々潜って書くぐらい虚しい文章は無い

読んでいても書き手が哀れである

こんなにこのひと、こころが荒んでいるのか・・・と哀れんでしまう

確かに、『違うだろ!それ!』と思う文章に出会うこともある

しかし、それはそのひとの主観では無い

いっときの感情も含めての文章なのだ

一語一句に驚いたり、怒ったり、悲しんだりしていては

自由の海を泳げ無い

自分も自由に考えられなければ駄目だ


ときには感激することもあるだろう

素晴らしいと同感する文章も

しかし、そのひとの全てでは無い

ある程度のこころの尺度や余裕が無いのなら

ネットは危険で暴力的と云える


本には無い、この読み物の心理効果は

自分自身でコントロールする以外

垂れ流しなのだから


なにを読むのか

どれを選択するのか

どこに共感するのか

ひとつ同じなら全て同じなのか


そんなことは無い

自分自身だってよく理解してい無いのに

そのひとの文章だけで、そのひとの全て、

いや、一部でも理解したなどと思い込むのは奢っている


気持ちの文章は定義では無いのだから

悟らされることはあっても絶対は無い

HEAVEN

ホワイトバンドスキンを新たに2つ追加

●「ホワイトバンド2」  ●「ホワイトバンド3」

ホワイトバンド2      ホワイトバンド3


第2弾ホワイトバンドスキンは 日本人のセレブが
第3弾ホワイトバンドスキンは 国内外のセレブがランダムに

Flashで登場
共に セレブの画像にマウスを置くと 各人の名前が表示される


11日にリリースした第1弾ホワイトバンドスキンは

本日22日現在で現在2136人の方が

「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーンに賛同し
自分のブログスキンとして使用


■ホワイトバンドについて


「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン
http://www.hottokenai.jp/

「ほっとけない 世界のまずしさ」は、

グローバルな貧困根絶キャンペーン
(Global Call to Action Against Poverty -- G-CAP)の

日本キャンペーンです

そしてホワイトバンドは、世界の貧困に関心のある証
http://www.hottokenai.jp/white/index.html


私も ↑新しいスキンにしてみました。



       HEAVEN


仕事としての車と趣味としての車 

私は16のときに免許を取ってから(勿論外国である)

いままで、車の魅力にどっぷり蝕まれている(爆)

しかし、職業としょうとは考えつかなかった

沢山の恵まれた環境で高価な車から

それこそバイクのチャンバーを加工して

AW11につけたりして遊んだり、アリとアラユルことは

自己完結している

それでも何台も残された車はF車なのだが・・・

最近は乗ら無い。

原因のひとつは『危険』だからだ(笑)

バイクも20歳まではドカティに酔って乗り回していた

私のころはサイドスタンドなど無く

溶接してもらい自家製のサイドスタンドを付けたりした

そして、バルボーグ←知っている人いますか?

ガソリンの添加剤です

そのころのドカティは『重油』で動いていました

普通のガソリンなどでは動きません

プラグも一回一回取り出し煤を払いまた付けるというわけ(ーー;)

それでも乗りやすい日本車など目も触れなかった

それと同時進行の四輪車

改造もガンガンやり倒しましたが・・・

やはり純正がその車には一番と知ってからは

ノーマルで暮らしています

ひとつパーツを交換すれば、違う箇所も交換しなければ

バランスが悪くなり、ドンドン改造が増すだけで

本来の元の性能は無視の空の車になってしまいます

フェラーリでも改造した時点でフェリーナになりえるってことです

※フェリーナはフェラーリのガワでエンジンは米国産の車で

 実際に販売されている車です

そんなこんなで25歳を過ぎたころから車は乗せてもらうものと化しました

車に対する情熱が冷めたわけではありませんが

やはり反射神経は確実に10代のころより衰えているし

目がスピードに追いついていか無くなり

メーターが250を過ぎてからが怖くなりました

車の性能はドンドン良くなるのに

自分は益々老化する

可笑しなものです

特別な物としての車は趣味では無いし

職業などとは別世界です

しかし思い入れは今も変わりません

好きなことを職業には仕事の基本に思われる方が

随分、この世の中に多くいますが

私はそうでは無いと考えています

仕事とは責任です

だから能力を問われる

好きなどとは掛け離れた次元です

仕事に自分の能力を発揮出来なければ辞めざる終えません

仕事イコール生活でもあり

食べても行かなければなら無い

自分にどれだけの能力が【その好きなこと】にあるか?

を・・・考えて仕事をすべきだと思います

天才でも職業選択の間違いはある そうです

HEAVEN

 (挿絵と本文の関連性はありません<(_ _)>)

SUGIZO's WILL

杉原がブログを書くようになって色々感じることがある

当初は、よく思い切ったことをするなあ・・・と人事だった

その反面には、続けられればファンとアーティストの交流として

日記と称するブログが代弁される、新しい形

などと勝手に期待したりしていた


最初のころは、双方とも手探りに遠慮もあった

しかし、段々にアーティストは

「もっとファンに触れたい」と思い素になり

ファンは

「現実に戻される」という接近し過ぎる状態になっていった

アーティストは今までの【センス】を脱ぎ捨てても受け入れられると

高をくくり

ファンはそれに土足でこころの中にまで踏み込む


長い間、メジャーでハイセンスに綺麗・高貴なイメージでの彼

いまのいま

どうして人間ぽくしたいのか?

そういう【みんなと一緒】という烙印がほしいみたいな主張

だが・・・

そんなことは誰もが知っているんだ

ファンは盲目では無い

勘違いをしているのは杉原なんだろうと最近では感じている


杉原、そんなに近付か無くても人間らしいとこあるの知ってるから

みんなそんなに勘違いしてい無いよ

それより、(言葉は悪いが)君のもっとカッコイイ創られた姿が好きなんだ


だからLUNA SEAは今でも伝説のバンドなのであろう

SUGIZO

LUNA SEA が隣のお兄さんバンドだったら

あの栄光は無い

それとも君は、普通の人間ぽいバンドであったとしても

伝説のバンドになったと思っているのか?

でも、いま全てのファンは君の虚像が大好きで崇拝してきた

それを知っての崇拝

君も知ってての虚像

なら一緒に墓場までずっと夢を壊さずに生きて生き抜いてほしい


途中下車ならMOTHERの時点であったろうに


それでも人間性を知りたいというチャレンジする君が君らしい

一直線の暖かい気持ちが伝わってきて心地よい

既存のファンに伝わればいいね

本当に知って貰いたいことが何なのかを


君の柔らかい部分が壊れ無いことを祈っています


SUGIZO's WILL


SUGIZO, YUKA IKUSHIMA, ルー・ラム, ルイス・ローズ
TRUTH?

「ほっとけない世界のまずしさ」協賛企業

アメーバブログで先日

「ホワイトバンド」ユーザースキンが出来ました

   

ホワイトバンド

「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン
http://www.hottokenai.jp/
をご存知ですか?

「ほっとけない 世界のまずしさ」は、

グローバルな貧困根絶キャンペーン
(Global Call to Action Against Poverty -- G-CAP)

の日本キャンペーンです。

そしてホワイトバンドは、世界の貧困に関心のある証。
http://www.hottokenai.jp/white/index.html


アメーバブログは、「ほっとけない世界のまずしさ」協賛企業として、
今後とも「ほっとけない世界のまずしさ」の活動を応援します。
8月中には新たに2つのスキンが追加されますのでご期待ください。


・・・・・と 言う事で私も賛同して

此方にブログを開設しました。

こちらでは日々のこと 

気の付いた些細なことを書き留めていこうと考えています。

2005-08-18 honneryu2005

http://honneryu2005.livedoor.biz/

http://honneryu2005.livedoor.biz/archives/50005470.html