今、父と二時間近く、
電話で話していました。
ちょっと、最近、
私のPTSDの為に色々滞ってる事があって、
本当に周囲に迷惑を掛けていて、
それが、4つぐらい溜まってて、、、
それを、
どうにかしなきゃという思いで、
父に協力を頼みました。
父の日も近いのに、
親不孝な娘で、

お父さん、ごめんなさい。
そして、いつも協力してくれてありがとう。

どうするか頼む際に、
相手もある事柄なので、
相手に私のPTSDを、どう説明するか、
どういう状況でなったのか、
どんな気持ちになってしまうのか、
等、
再度父に話していた時に、

ふと、

とても大切な事を、
思い出しました。

私が、
深い闇の中にいた、以前の気持ちを。

これは、
苦しんでる人を救うときに、
とても大切な事だと、

もしかしたら、
一番大切な事かも知れない、
と、思ったので、

今日、今、
皆さんに、伝えます。

私の経験からですから、
違う、と思われる方、
お許し下さい。

例えばですが、
もし皆さんが、

誰かに重い相談を受けた時、
大切な人が、長い期間ある問題で苦しんでいる時、

もう何度も相談を受けているけど、
どうしていいか分からない時、

相談している本人も、
どうしていいか分からないと悩んでいる時、

本人自身が解決をもう諦めていると見てとれる時、

そんな時、

皆さんは、
相談相手にどんな答えを返すでしょうか?

「どうしていいか分からなくてごめん」
「何もしてあげれなくてごめん」
 「気持ち分かってあげれなくてごめん」
「何か出来る事があったら言ってね」


私は、何度もこの言葉を返されました。
この言葉は、
まだ心に余裕がある人には、
素直に有り難く受け止められるでしょう。

けれど、

崖っぷちに立たされ、
危険な所まで追い詰められた人に言うには、
私の経験上、危険だと思っています。
軽々しく使って欲しくないのです。

上記の、「」の中の言葉は、
全て、
諦め、の言葉です。
放っておくと命の危機に立たされるかも知れない人に、
その状況を感じ取っていながら、知りながら、

分からない、
何も出来ない、
(相手もどうしていいか分からない状況で、)
出来る事言って、

とは、
どういうことか、良く考えれば、分かると思います。

これらの言葉は、
相手にとって、
「見放された」と、感じさせる言葉だと、
思うのです。
私は、そう言われて、
「そうだよねー、わかんないよね、
  聞いてくれただけでも楽になった、
  ありがとう、とにかくがんばる」
と、返しながら、
心の中で、そう感じざるを得ない自分がいた事が、
幾度となくありました。

それが、
命に関わる状況なら、
「死んでも仕方ない」と、諦められた言葉に感じていました。
だって、死が目前の状況で、何も出来ないのなら。
私はこの言葉の後に、
恐ろしい行動を起こす気持ちに、
何度となく駆り立てられました。

だから、

分かるような気がするのです。

こんな時、
苦しんでいる相手が欲しい言葉。
いや、気持ち。

「何も出来なくて、、、」
本当ですか?
それで終わりにしたら、救えません。
本当に助けたいのなら、
あります、

出来る事が。

それは、


「私は、あなたを、諦めない」
という、気持ち。

「救いたい、だから、考え続けたい」

って、
思っていたのに、言葉にしていませんでしたか?
なら、伝えてあげて欲しいのです。


「どうしてあげていいか分からない、
 でも、
 この問題が解決するまで、一緒に考えよう。」

「あなたが分からないのなら、
 あなたが今何も考えられないぐらい辛いなら、
 あなたの代わりに、私が考える。」

「あなたの気持ち分かってあげれない、
 でも、
 分かってあげたい、いっぱい気持ち教えて欲しいの、
 もっと、あなたを理解して、どうすればいいのか考えたいの。」

「あなたが自分を諦めても、私があなたを諦めない、絶対。」


苦しんでいるその人に、
こう言ってあげて欲しいのです。
あなたが救いたい、その人に。

お分かりでしょうか?
これらの言葉は、
逆に言えば、本当に気持ちがないと、言えない言葉です。


人の心を動かすには、

具体的な方法、も、
大切かも知れませんが、
それ以上に、
気持ちが、愛情が大切だと、
思います。

医者でなく、誰かでなく、
あなたが、救ってあげて下さい。
その人を大切に思っているのは、
医者でなく、誰か、ではなく、あなたなのだから。
そうやって私の心を救った、ある友人の言葉、
また今度、お話したいと思います。



どうか、あなたの大切な人が、
あなたの愛溢れる言葉で、救われますように。
心より、それを願っております。