やっぱり長くなっちゃた、
まとめる才能なくてすみません⤵⤵

では。
ネガティブ。
調べると、
否定的、消極的、悲観的。
これ、覚えておいてください。
以前、
記事タイトル「伝えられるって、嬉しい」の中で、
私の病気について少し触れさせて頂きました。
この病気になるまでも人生色々ありましたが、
時に弱音を吐きながらも、頑張ってこれたんです。
だけど、このPTSDが、今までの私を変えてしまった。
頑張ることが出来なくなった。
自分では、大丈夫、何ともない、
今までそうだったでしょ?と思っているのに、
ある瞬間、
身体が勝手に震え出す、
頭がくらくらして、
突然「死」を目の前に突きつけられたような、
恐怖が身体を支配する。
私自身の「大丈夫」の声なんて、一瞬で吹き飛んでしまう。
頑張る間など、ない。
どんな恐怖か、分かりにくいですか?
分からないと言う人に、
ちょうどこんな感じの恐怖だと、いつも説明しています。
では、想像してみて。
物音がしました。
振り返ったあなたの目に写ったのは、
大きな熊。
その熊の口は、目の前。
こんなときに、
「大丈夫」なんて自分に言い聞かせる余裕ありますか?
あまりの「死」の恐怖に、頭の中は真っ白になるだけ。
今、詳しい症状は書きませんが、
私のPTSDは、一番ひどい時期は、
こんな感じの恐怖が、ほぼ、常に。
気が狂いそうな、状況でした。
いえ、狂っていたと思います。
普通でいられるわけがない。
何を見ても触れても、
私にとって全てが「死」に繋がる思考回路になっていた。
その「死」は、自分の死だけでなく、
どちらかと言うとほとんどが、「子供の死」を連想させた。
触る→感染する→私が感染したら子供に感染する→子供が死ぬ
こういう発想が、物に触れる度に、私を襲う。
自分で、発想が異常だと分かっているし、
大丈夫だと分かっているのに、
自分に言い聞かせている間もなく、次から次に押し寄せる恐怖。
PTSDって、怖いね。
自分が自分で無くなってしまう。
自分の言う言葉を、
自分の身体が、無意識が、聞いてくれない。
「大事な人の命を奪われる以上の恐怖なんて、
この世にあるのだろうか?
自分が死ぬのなら、いいのに。
何で、子供なの?
嫌だ、死なないで。
あの時、病院が見落としていた、
血だらけの壁を、子供が触れなければ。 」
そんな、過去の苦しみが産み出した、トラウマ。
当時、子供は2歳。
言われた病名、AIDS。
正式に言うと、あと2つ、肝炎の病名を言われた。
病院は、壁の血液の持ち主の、
個人情報保護法がどうとかで、
その中のどれか、としか言えないと言った。
部屋の鍵をかけないといけないような患者さんだったらしく、
看護婦さんが鍵をかけ忘れたかなにかで、
患者さんが点滴を勝手に外して、廊下を血だらけで歩いていたらしい。
病院側は、個人情報保護法を盾に、
とにかく事情を濁した説明しかしてくれなかった。
どの病気なのかハッキリと言ってもらえないまま、
子供が感染していない、と、はっきりするまで、
結局、4年半かかった。
子育てされた方は、お分かりだと思いますが、
子供は、掻いたり、転んだりで、
すぐ血が出る。
その手で、何でも触る。
絆創膏だって取ってしまう。
当たり前だ。2歳の子供だ。
あなたは人に感染させる病気かもと言ったって、
気を付ける訳もない。
私は、家の中でも、外出先でも、
子供が触ったところを、ひたすら消毒薬で拭いて歩いた。
自分はうつっても仕方ない。
むしろ、自分も子供と一緒に死んであげたかった。
だけど、他人にうつしてはいけない。
絶対に。
この子と同じ目に、他の子を遭わせてはいけない。
その子の親に、私と同じ苦しみを、味あわすわけにいかない。
そう思っていたから。
ここで、皆さんに、聞きたい。
私がこの事を、
苦しい、辛い、怖い、哀しい、忘れられない、
と、言うのは、ネガティブですか?
この時の壮絶な苦しみを、
吐き出しては、いけませんか?
その時だけじゃない。
今も、フラッシュバックして、パニックになる時がある。
私の中では、まだ終わらせられないでいる。
たしかに、私の弱さもあるのかも知れない。
それは、認めよう。
だけど、
良くしていくには、
吐き出すしかなかった。
それしかまだ、方法が見つからないし、
誰に聞いても、解決法なんて「分からない」と言われた。
それなのに、
恐怖に未だ襲われながらも、
吐き出さずに、我慢して、
笑っていなければいけませんか?
ネガティブって何?
私が吐き出すのは、生きる為。
子供の為には、死ぬわけにいかない。
だけど、恐怖が身体を襲うと、
勝手に心が死に向かいそうになる。
恐怖から逃れようとする。
それを、何とかして、
生きる気持ちにする為に、
吐き出してるのに、
皆、それを、ネガティブと、とる。
自分が経験して、分かった。
人が、人に、辛いと吐き出す、
これは、相談と同じだ。
どんなに後ろ向きな事を言おうが、
どんなに否定的な愚痴だろうが、
内容だけ見て、ネガティブと勘違いしないで欲しい。
それは、相手が受けとめてくれると信じてしている相談で、
自分が落ちていくのを、
マイナスの気持ちを吐き出す事で、
プラスに変えて解決しようとする、
ポジティブな意志だ。
本当にネガティブな状態は、
吐き出す事をやめた時。
相談することを諦めた時。
吐き出して何とかして気持ちを前に持って行こうと、
ポジティブな行動をとろうとしている相手に、
そんなネガティブじゃ駄目だよと言って、
相手にネガティブの烙印を押し、
ネガティブな自分が悪いんだと思わせて、
自身を無くさせ、
誰にも相談出来ない心境に追い詰めて、
相手が自分を責めて死を考え始める状態に、
本当のネガティブ状態に、
相手を落とし込む人こそ、
恐ろしく、ネガティブだ。
ネガティブな言動や捉え方やしか出来ないのは、
どっち???
人をすぐ、ネガティブだねと、
否定し、相手を悲観的に見てるのに、
そういう人こそがネガティブと感じるのは私だけ?
逆に、本当にポジティブな人とは、
相手の言う事を前向きに受けとめ、
相手に希望を与えて、
よりポジティブ思考へ持っていける人じゃないだろうか。
そういう意味では、
こんな風に否定している私はまだまだ、
ネガティブだ。
だからって、
そっちだって、
どう考えても、
ネガティブでしょ。
今日中に、の約束なので、
振り返らず、感情のまま、一気に書きました。
後で、色々訂正箇所、出てくるかも、と、思います。
どうか、ご了承下さい。
まとめる才能なくてすみません⤵⤵
では。
ネガティブ。
調べると、
否定的、消極的、悲観的。
これ、覚えておいてください。
以前、
記事タイトル「伝えられるって、嬉しい」の中で、
私の病気について少し触れさせて頂きました。
この病気になるまでも人生色々ありましたが、
時に弱音を吐きながらも、頑張ってこれたんです。
だけど、このPTSDが、今までの私を変えてしまった。
頑張ることが出来なくなった。
自分では、大丈夫、何ともない、
今までそうだったでしょ?と思っているのに、
ある瞬間、
身体が勝手に震え出す、
頭がくらくらして、
突然「死」を目の前に突きつけられたような、
恐怖が身体を支配する。
私自身の「大丈夫」の声なんて、一瞬で吹き飛んでしまう。
頑張る間など、ない。
どんな恐怖か、分かりにくいですか?
分からないと言う人に、
ちょうどこんな感じの恐怖だと、いつも説明しています。
では、想像してみて。
物音がしました。
振り返ったあなたの目に写ったのは、
大きな熊。
その熊の口は、目の前。
こんなときに、
「大丈夫」なんて自分に言い聞かせる余裕ありますか?
あまりの「死」の恐怖に、頭の中は真っ白になるだけ。
今、詳しい症状は書きませんが、
私のPTSDは、一番ひどい時期は、
こんな感じの恐怖が、ほぼ、常に。
気が狂いそうな、状況でした。
いえ、狂っていたと思います。
普通でいられるわけがない。
何を見ても触れても、
私にとって全てが「死」に繋がる思考回路になっていた。
その「死」は、自分の死だけでなく、
どちらかと言うとほとんどが、「子供の死」を連想させた。
触る→感染する→私が感染したら子供に感染する→子供が死ぬ
こういう発想が、物に触れる度に、私を襲う。
自分で、発想が異常だと分かっているし、
大丈夫だと分かっているのに、
自分に言い聞かせている間もなく、次から次に押し寄せる恐怖。
PTSDって、怖いね。
自分が自分で無くなってしまう。
自分の言う言葉を、
自分の身体が、無意識が、聞いてくれない。
「大事な人の命を奪われる以上の恐怖なんて、
この世にあるのだろうか?
自分が死ぬのなら、いいのに。
何で、子供なの?
嫌だ、死なないで。
あの時、病院が見落としていた、
血だらけの壁を、子供が触れなければ。 」
そんな、過去の苦しみが産み出した、トラウマ。
当時、子供は2歳。
言われた病名、AIDS。
正式に言うと、あと2つ、肝炎の病名を言われた。
病院は、壁の血液の持ち主の、
個人情報保護法がどうとかで、
その中のどれか、としか言えないと言った。
部屋の鍵をかけないといけないような患者さんだったらしく、
看護婦さんが鍵をかけ忘れたかなにかで、
患者さんが点滴を勝手に外して、廊下を血だらけで歩いていたらしい。
病院側は、個人情報保護法を盾に、
とにかく事情を濁した説明しかしてくれなかった。
どの病気なのかハッキリと言ってもらえないまま、
子供が感染していない、と、はっきりするまで、
結局、4年半かかった。
子育てされた方は、お分かりだと思いますが、
子供は、掻いたり、転んだりで、
すぐ血が出る。
その手で、何でも触る。
絆創膏だって取ってしまう。
当たり前だ。2歳の子供だ。
あなたは人に感染させる病気かもと言ったって、
気を付ける訳もない。
私は、家の中でも、外出先でも、
子供が触ったところを、ひたすら消毒薬で拭いて歩いた。
自分はうつっても仕方ない。
むしろ、自分も子供と一緒に死んであげたかった。
だけど、他人にうつしてはいけない。
絶対に。
この子と同じ目に、他の子を遭わせてはいけない。
その子の親に、私と同じ苦しみを、味あわすわけにいかない。
そう思っていたから。
ここで、皆さんに、聞きたい。
私がこの事を、
苦しい、辛い、怖い、哀しい、忘れられない、
と、言うのは、ネガティブですか?
この時の壮絶な苦しみを、
吐き出しては、いけませんか?
その時だけじゃない。
今も、フラッシュバックして、パニックになる時がある。
私の中では、まだ終わらせられないでいる。
たしかに、私の弱さもあるのかも知れない。
それは、認めよう。
だけど、
良くしていくには、
吐き出すしかなかった。
それしかまだ、方法が見つからないし、
誰に聞いても、解決法なんて「分からない」と言われた。
それなのに、
恐怖に未だ襲われながらも、
吐き出さずに、我慢して、
笑っていなければいけませんか?
ネガティブって何?
私が吐き出すのは、生きる為。
子供の為には、死ぬわけにいかない。
だけど、恐怖が身体を襲うと、
勝手に心が死に向かいそうになる。
恐怖から逃れようとする。
それを、何とかして、
生きる気持ちにする為に、
吐き出してるのに、
皆、それを、ネガティブと、とる。
自分が経験して、分かった。
人が、人に、辛いと吐き出す、
これは、相談と同じだ。
どんなに後ろ向きな事を言おうが、
どんなに否定的な愚痴だろうが、
内容だけ見て、ネガティブと勘違いしないで欲しい。
それは、相手が受けとめてくれると信じてしている相談で、
自分が落ちていくのを、
マイナスの気持ちを吐き出す事で、
プラスに変えて解決しようとする、
ポジティブな意志だ。
本当にネガティブな状態は、
吐き出す事をやめた時。
相談することを諦めた時。
吐き出して何とかして気持ちを前に持って行こうと、
ポジティブな行動をとろうとしている相手に、
そんなネガティブじゃ駄目だよと言って、
相手にネガティブの烙印を押し、
ネガティブな自分が悪いんだと思わせて、
自身を無くさせ、
誰にも相談出来ない心境に追い詰めて、
相手が自分を責めて死を考え始める状態に、
本当のネガティブ状態に、
相手を落とし込む人こそ、
恐ろしく、ネガティブだ。
ネガティブな言動や捉え方やしか出来ないのは、
どっち???
人をすぐ、ネガティブだねと、
否定し、相手を悲観的に見てるのに、
そういう人こそがネガティブと感じるのは私だけ?
逆に、本当にポジティブな人とは、
相手の言う事を前向きに受けとめ、
相手に希望を与えて、
よりポジティブ思考へ持っていける人じゃないだろうか。
そういう意味では、
こんな風に否定している私はまだまだ、
ネガティブだ。
だからって、
そっちだって、
どう考えても、
ネガティブでしょ。
今日中に、の約束なので、
振り返らず、感情のまま、一気に書きました。
後で、色々訂正箇所、出てくるかも、と、思います。
どうか、ご了承下さい。