とてもお久しぶりになりました。

全然書いてなかったのに時折いいねをいただいたり
フォローしてくださって本当にありがとうございます。

メンタルが病んでいたときによくこのブログを書いていたのですが、 最近はわりと元気に過ごしてます。

実家に帰ってあっというまに5ヶ月くらい経ち、 一人暮らしのころは常に感じていたお金や住居の心配が少し減りました。

親や家族との関係も 
「まあ、こんなもんかな〜。こんなもんやな。」
 と思いながら暮らしてます。

親とは、関係修復というよりは今のお互いの違う価値観をけんかや言い合いではなくて話をする、という感じです。

親とは生きてきた時代が全然違うんやから、 
価値観が違うのは当たり前っちゃ当たり前ですよね。

それを実地で経験しています。 
若い頃、実家にいたときは向き合えてなかった。

若気の至りですね。

20歳で家を出ましたが、実家に戻ったら
そのころの、昔の自分をよく思い出すようになりました。

今、もう一度家を出るまでのころの自分をやり直して取り戻しているような感覚です。

うまく言えないけど。

でもまあやっぱり実際は20年くらい経ってるんで
もう無理やろ。ってこともあるんです が。
感覚です。

なので、最近は若い頃に憧れていたけど高くて買えなかった鞄(一人暮らしした後は趣味が変わって忘れてました)を大人になったんで買ってみたり
1990年代や2,000年代に青春を過ごしてまた今流行りが来てるんで、
昔に戻ってあのころのような古着やアメカジみたいな洋服を着て楽しんでます。

そういう些細だけど自分にとって好きなことをして過ごしているので、
 最近は変に自分に期待することが減ったような気がしています。

以前パニックみたいになったのは、いけてない自分に向き合えてなかったからなんですよね。

理想ばっかり高くて、自分に高すぎる期待をして勝手に自分に失望してました。 
自分多いな。

今は、自分にあんまり期待もせず、あんまり悲観もせず 家族や友達と過ごす時間や面白いと思ったドラマや好きな服や懐かしい音楽や倉庫みたいになったしまった部屋の片づけのことを考えて生きてます。

まあ、また落ちるときは落ちるんでしょうけどそのときはそのとき。

こんな感じの毎日です。

お読みいただきありがとうございました。

また時々書きに来ます…
父が母に、夕飯はこれが食べたいと言っているときこんなことを言いました。

『お母さんはお父さんの部下なんやから、
 お父さんの言うことを聞いといてくれたらいいねん。』

母は耳が遠くてこの言葉をどこまでちゃんと聞き取れたかわからないけど、 すごく嫌そうな顔をしていました。

これを聞いて私はめっちゃむかつきました。

昔は父がこわいという気持ちと大嫌いだという気持ちでいっぱいで何も言えないことが多かったけど、
このときはいつのまにか言い返してました。

「夫婦に上司も部下もないやろ。

ほんまに時代錯誤やな。

娘の前でそういうこと言わんといてくれるか。」

怒って言うと逆ギレされるんで、 真顔で優しめにこの言葉を伝えました。
関西弁なので文字に起こすとキツく感じますかね。
わりと冷静に言いました。

すると父はさすがに反省したのか、 母は私が言い返してうれしそうでした。 
小声ですいません、と言い ました。

父は時々こういうことを言います。

仕事しかしてこなくてそれでしかアイデンティティを作れなかったから、 家族のこともときどき仕事に例えて言ったりしてます。

『人は、使う人と使われる人に分けられるから使う人にならなあかんねん。』 とか。

会社で働いてる時点で人から使われとるやんけ。
と心の中でつっこみ。

自分が人を使っていると勘違いしていることが恥ずかしい。 親だからよけいに。

というか『人を使う』 と言っていること自体おかしいよ。 この傲慢な言葉をふつうに感じていることが悲しいです。

これを言われたとき、

「いや、人を使うとか使われるとか言ってる時点で意味わからん。」
とだけ伝えたら、無言になりました。

この話をきょうだいに伝えると、

「親に期待しな(するな)。自分がしんどくなるだけやで。」 と言われました。

本当にそう。私は親に期待していたんです。

尊敬する親でいてほしいと勝手に思っているんです。

こう思っている私も傲慢ですね。

尊敬してもがっかりしても親は親。私は私。

とりあえず今回よかったことは、私も自己中ですが
私が父に以前よりちゃんと自分の意見を言えたこと。

母がいつもこんな感じで言われているのかと思うと、そりゃ父と一緒にいたくないって言うわな、と思います。

そういう時代やったから許したげてって誰か言われるかもしれませんが、昔でもそう思わない人はいます。
ただ昔から変わってないだけです。

父が変わらなくても私がまず伝えられたらいい。 
でも父が変わらないことをただ何も言わずもやもやしているより私がまず伝えられたらいい。

これが最初の一歩だなと感じました。

そんなことを思った誕生日です。

ちなみに父は、朝一番に誕生日おめでとうを言ってくれました。

ありがとう。

こんな人間やけど、生まれてこれて良かったと思ってるよ。

お読みいただきありがとうございました。

このまえ父の肩に湿布を貼ってあげて思った。

最後に湿布を貼ってあげたのはいつだったんだろう。

思春期の頃は嫌いすぎて触れるのも嫌だった。

ごめんな。

年取ったな。私もだな。

うっとうしいし、昔酔って殴られたこととかは一生忘れられないけどいろいろな気持ちになりますね。