ネフローゼを発症して捨てたものはたくさんある。
日常
まずやるべきことは日常を変える事だった。
朝ごはんを食べてお昼を食べておやつを食べて夕飯食べて寝る。それまでは何も考えてなかったのにネフローゼになった瞬間から塩分だカロリーだ栄養だと考えざるを得なくなってしまった。今はまだ抗う力もあるけど昔は医者のいうことは絶大で医者以外に病気に対する情報を得る手段はなかった。だから医者の言葉に抗うには自分で暗闇に中を手探りで歩いては見えない崖に落ちるを繰り返さなくてはならなかった。だけど幸いにして暗闇の中でも6年を費やしプレドニンから離脱できた。
まず捨てたのはいままでの日常の全て。もう今までに生きることすらままならなかった。プレドニンという副作用のデパートに翻弄されまくった。
夢や希望
日常が落ち着くと見据えるものは将来。
で、気が付いた。何もできないことに。初発時は気が付かなかったけど再発した時にこんなに簡単に再発するんだったら社会に出れないじゃん、と思った。やりたいことはあったけど、あきらめた。18歳の春。今までの思考も含めて捨てざるを得なかった。
この最初の再発時は前にも書いたかもしれないがかなり自分で制限はしていたつもりだったにもかかわらず20mgの途中で蛋白尿が出てそれでも先生が錠数は減らして大丈夫というので10mgに減らしたが結局アウト。これだけセーブしてもダメなら何もできないと悟った。周りががんばってるのが見えたから一生こいつらには追いつけないと絶望した。
この時点で当時持っていた夢や希望や将来については全部ストップ。とにかく身体を治してできることから探していこうというスタイルにした。
ところが結局何もできない
自分の中では感情も欲望も全部捨ててとにかく寛解を安定させることとプレドニンゼロを目指した。
周りがどんどん輝いてくのが眩しかった。悔しい思いしかなかった。みんなが輝いてる中で俺の夢はプレドニンゼロだった。ただ怠惰にダラダラとしているやつらさえうらやましかった。だって薬を飲むために朝ごはんは食べなきゃいけないとかルールが多すぎて怠惰になれなかったから。そしてスタートラインへ戻るのが目標になっていた。自分の出せる力の10%くらいで過ごしてる感じだった。いろいろとやれないことは本当に悔しかった。
自分の考え方や能力を再発防止に努めても再発はした。ブリーチの件もまさかブリーチで再発するなんて夢にも思わない。そんなのお医者さんだって言ってない。どこが地雷かもわからないで進む地雷原はただ恐怖でしかない。地雷に対して恐怖心が深まるほど歩けなくなる。そうして十代は終わり二十代も半ばになった頃、ようやくプレドニンはゼロになった。発病から6年だ。昔は長かったね。
プレドニンゼロの開放感
これは筆舌し難い。
プレドニンゼロは当時の唯一の光だったから本当に嬉しかった。ただ、実際のところプレドニンがゼロになって本当に病気から頭が離れるまでにはもう少し時間がかかった。ラッキーだったのは仕事が忙しかったこと。もうその頃には再発してもいいや仕方ないって気持ちに至っていたので自ずと病気から頭が離れた。これが家にずっといたりしたらもう少し引きずっていたかも。
とにかくプレドニンゼロになってようやくスタートラインに立った気がした。
で、ゼロになって半年くらいで早速一人暮らしを開始した。とにかく今までの場所から逃げたかった。病気を思い起こさせるから。急速に何かを取り戻すべく遊んだり飲んだり食べたりしたけど結局6年間は埋まらなかったなぁ。この思いは今でもそう。埋まってない。ここまで来るともう埋まらないのだと思う。
どこかで再発がちらつくので周りからしたら十分でしょう?っていうくらいの行動をしていても制限された行動になってるのがわかる。この6年のブランクがそう思わせているのかもしれない。本当はその6年間でやりたかったこと、できたことがあったはず。それを捨ててきたんだよね。
繋がってない前と後
これもまた不思議な感覚なのだけど、1回目の再発の前と後で自分に壁がある。初発じゃなくて再発のところに壁がある感じ。恐らくそれほど絶望したのだと思う。なので切り離したんだろうね。無意識にだろうけど。なので面白いのは初発時の入院くらいまではわりと記憶があるけどそれ以前の記憶がほとんどない。これが本当に不思議。新しい人格になったのではないかというくらいに記憶が繋がってない。
写真とか見ればあったなぁくらいは覚えてるけどただ思い出そうとしてもほとんど出てこない。まぁ引き出す気持ちがないのだろうと思う。ただ悔しくなるだけだから。それに対しての自己防衛だと思う。それでも後悔だけは残ってるからちょっと面倒くさい。
そして現在ネフローゼ24歳
去年見事に一回りした。再発してプレドニンも40mgに戻って血液の数値も24年前以上に悪くなって。
同じことの繰り返しだ。だけど今回は24年前と違う。まず、ネフローゼそのものが解明に向かって進んでるのがわかる。免疫系疾患だから特定は難しいだろうけどひとつ突破口ができたらネフローゼに限らずいくつかの免疫系の難病は治る病気になると思う。こんな出口の見えない病気は早く治るようになった方がいい。
この同じことの繰り返しが不思議と24年前の記憶をよみがえらせている。多少辛い気持ちもよみがえるけどそこは大人なので対処のしようがあるし、この年齢になれば「是非もなし」ということが出来る。当時は無理だったけどね。当時はネットがなくただ遠回りをしたし破れかぶれだった。本当に遠回りになった。それで得たものもあったけど失ったもの捨ててきたものの方が大きかった。今思えば失う必要も捨てる必要もないものも捨ててた。
今はまず環境が違う。うらやましくも思うけど大変だろうなぁとも思う。行く先が見えてるからね。でも未来なんて誰もが不明瞭だし断言はできない。だからとにかく腹をくくって好きなようにやるべき。自分で道を選ぶ。迷ってるなら迷うのもいい。何も今全てを決める必要はなくて世の中はいつも動いている。自分も変われば世間や回りも変わる。慌てる必要はどこにもない。