1987年(昭和62年)、C.J.ペダーセン(アメリカ)、D.J.クラム(アメリカ)、J.M.レーン(フランス)は、特定の物質だけを選択的に取り込む酵素などの生体物質を模倣(もほう)した大環状化合物の発見と合成ノーベル化学賞を受賞しました。

 

 

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C.J.ペダーセン(1904~1989、日系2世、韓・日・米、数奇な運命、大環状化合物、クラウンエーテルの発見、83歳でノーベル化学賞受賞)

(解説) C.J.ペダーセン(1904~1989)は、日系アメリカ人です。母親は北九州市八幡西区田町出身の安井タキノさんで、明治中ごろ、父親の事業失敗で家族と韓国(釜山)に渡りました。鉱山技師として米国系の会社で働いていたノルウェー人に見初められて結婚し、長男のペダーセンさんが生まれました。

 

 ペダーセンさんは8歳のころ、一人で両親のいる韓国を離れ、在日外国人の子らが学ぶ長崎、横浜の学校で計9年間学びましたが、成績は抜群でした。ペダーセンさんは18歳のとき単身渡米、デントン大(オハイオ州)やマサチューセッツ工科大(MIT、マサチューセッツ州)に留学、以後母と子の対面は一度もありませんでした。

 

 ペダーセンさんはMITで修士号を取得後、デュポン社(デラウェア州)に入社し、1962年(昭和37年)、デュポン研究所で、ビス[2-(o-ヒドロキシフェノン)エチル]エーテルの合成を目的として研究中、思いもかけない副生生物、大環状ポリエーテル、ジベンゾー18-クラウンー6(DB18C&)を発見しました。

 

クラウンエーテル(ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB

 

 クラウン化合物命名は、それらの化学構造式の形と、それらがあたかも陽イオンに冠(かんむり)をかぶせるように錯体を形成することから名付けられたものです。

 

 クラウン化合物それらのアルカリ・アルカリ土類陽イオンとの錯形成の異常な性質についての学会での世界で初めての口頭発表は、1967年(昭和42年)9月15日、日本の日光での第10回国際配位化学会で行なわれました。

 

 そのとき暗闇の中でライトを浴びて行った演示実験において、ペダーセン博士は過マンガン酸カリウムクラウンエーテルを用いてベンゼンに溶解させ、参加者を驚きと感動に浸らせました。これはパープルベンゼンと呼ばれているものです。

 

パープルベンゼン(相間移動触媒、酸化反応、ウィキペディア): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E9%96%93%E7%A7%BB%E5%8B%95%E8%A7%A6%E5%AA%92

 

 その後、各国の化学者がこれらの化合物の特異性に注目し、さらに各種の有機合成、金属イオンの捕捉・分離、イオン選択性電極や分析への応用、光学異性体の分割、酵素モデルへのアプローチ、医・農薬への応用など極めて幅広い分野へと研究が展開され、実用に供されています。

 

 これらの功績が認められ、ペダーセン博士(デュポン社化学研究員)は1987年(昭和62年)に、光学活性クラウンエーテル研究を開拓したクラム博士(カリフォルニア大学、ロサンゼルス校教授)及び双環状クラウンエーテルであるクリプタンドの合成と諸性質の研究を展開したレーン博士(コレージュ・ド・フランス教授)と共に、ノーベル化学賞を受賞しました。

 

 

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超分子(ちょうぶんし、クラウンエーテルの分子トング、分子を変形させてトングの形を作る、朝日新聞、2013年(平成25年)2月11日(月)朝刊)

 

(解説) 弱い結合を利用して、特定の物質をつかんだり離したりする分子トングなど、人工的に操れる超分子が考案され、応用研究(自己修復性ゲル、ドラッグ・デリバーリー・システムなど)は、その後急速に広がりました。

 

 超分子は、分子同士が緩やかな力で組み合わさってできる、より大きく、複雑な構造をもつ分子集団のことで、変わった分子構造の、新しい性質を持ったさまざまな物質(オリンピアダン、ポリロタキサンの分子ネックレスなど)が開発されています。

 

 このように、クラウン化合物については、ホストーゲスト化学(酵素と基質、抗体と抗原、ホルモンや薬物とレセプター、生体膜でのイオンや分子の輸送のモデルの化学!)、

 

 また、超分子化学(分子間のゆるやかな結合相互作用によって結びつけられ、組織化され、個々の分子を超えた複雑な化学的・物理的・生物学的な性質をカバーする高度に学際的な科学分野!)と呼ばれる、原子と原子の共有結合に基礎をおいた分子化学の分子の概念を超えた化学、という大きな学問分野に発展しています。

 

(参考文献) 熊本日日新聞: ノーベル化学賞 ペダーセン博士、母親 安井タキノ 明治の女性、国際結婚の子、韓・日・米 数奇な運命 白血病 ペ博士、墓前報告もかなわず、 1987年(昭和62年)10月16日(金)朝刊; 本浄高治: 進歩総説、溶媒抽出ークラウンエーテルー、p.127~136、ぶんせき(1997); 朝日新聞: 科学、超分子化学の世界、分子+分子⁼夢素材、しなやかに変形 新たな性質へ期待、2013年(平成25年)2月11日(月)、朝刊.