泰澄大師(たいちょうだいし)
奈良時代、霊峰白山に初登拝!
その歩みを熱演〈8月18日)、白山市、石川県

 白山を開いた奈良時代の僧、泰澄大師(たいちょうだいし)を描いた演劇「白き禅定」が8月18日、白山市松任学習センターホールで上演され、340席を超える客席は、立ち見が出るほど盛況だった。市民演劇集団の白山市演劇協会が主催した。
 
演劇「白き禅定」、奈良時代、泰澄大師、白山開山!
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演劇「白き禅定」で迫力ある演技を披露する出演者、白山市松任学習センターコンサートホール、白山市、石川県、北陸中日新聞、2018.8.19

 

(解説) 舞台は、泰澄大師の生い立ちから白山を開山するまでを描く。1300年以上前、越前国麻生津(福井県南部)で生まれた泰澄大師は、越智山で厳しい修業をしながら、はるか遠くに見える白山に畏敬の念を抱くようになった。
 
 「いつかあの白い山に登り、菩薩(ぼさつ)に会いたい」。そう強く願い、弟子と千日間の厳しい修業を積み、霊峰白山への登頂を果たした。舞台では、菩薩を拝めた様子などを声を張り上げ、感情豊かに表現していた。(北陸中日新聞、2018.8.19)

奈良時代、泰澄大師が霊峰白山に初登拝!
 
  霊峰白山は、神体山として、年中、峰々に白雪をいただくことから、「白き神々の座」とも呼ばれ、農耕に不可欠な水を供給する「水神の山」、日本海を航行する指標となる「航海の神」として信仰されました。
 
 また、白山は、仏教の影響により、人の足の踏み入れを許さない「禁足の霊山」から、「修験の聖地」へと変わり、奈良時代、717年(養老元年)に初登拝したのが、「越の大徳」と称された、泰澄(682~767)と伝えられています。
 
泰澄大師
 
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泰澄(たいちょう、白山信仰、白山比咩神社): 
http://www.shirayama.or.jp/hakusan/belief01.html

 
(解説) 泰澄は越前国麻生津(あそうづ、福井市三十八社町)の生まれで、若いころに近くの越知山(おちさん)で修業した後、白山を開山したとされています。
 
 越前国から分かれて加賀国ができたのは、823年(弘仁14年)とされるので、当時の白山は、加賀国ではなく越前国に属していました。
 
 平安時代から江戸時代まで、泰澄伝説を受け入れ、天台宗系の神仏習合が行われ、白山寺と白山宮が併存し、僧侶と神主が共存して、明治時代の神仏分離まで、宗勢を広めました。
 
 明治時代末期には、白山比咩神社(鶴来、のち白山市、石川)を総本社とする全国2700社に及ぶ白山神社が確認されており、現在も全国的な活動が続けられています。