国宝の筆跡、平安時代の能筆家
三筆(空海・嵯峨天皇)と三蹟(小野道風・藤原行成)
三筆は、平安初期の代表的な3人の能筆家。空海(弘法大師)・嵯峨天皇・橘逸勢。漢詩文の盛行など唐文化の強い影響下に、唐風の書法を発展させたと言われる。が、三筆の称が使われるのは江戸時代からである。
これにならい、寛永の三筆(本阿弥光悦・近衛信尹・松花堂昭乗)、黄檗の三筆(隠元隆琦・木庵性瑨・即非如一)、幕末の三筆(市河米庵・貫名菘翁・巻菱湖)、明治の三筆(日下部鳴鶴・中林梧悟竹・巌谷一六)などの称も生まれた。
三筆
空海(774~835)
漢詩文・書にすぐれ、前者は「性霊集」「高野雑筆集」などに収められ、「風信帖」「灌頂歴名」などは至宝とされる。

風信帖(国宝、東寺蔵)
弘法大師筆尺牘、3通の中の1通目、空海が最澄の消息に答えた書状、平安時代、810年(弘仁元年)~812年(弘仁3年)
嵯峨天皇(786~842)
詩文・書道をよくし、書では三筆の一人に数えられる。空海の書風の影響が強く、最澄の弟子光定に与えた「光定戒蝶」は真筆とされる。

光定戒蝶(国宝、延暦寺蔵)
嵯峨天皇宸翰、嵯峨天皇が最澄の弟子光定に与えた書状、平安時代、823年(弘仁14年)
三蹟(三跡とも)は、平安中期の代表的な3人の能筆家。小野道風・藤原佐理・藤原行成。和様の書法は、道風が基礎を築き、佐理を経て、行成が完成したとされる。この3人は平安後期から能書にあげられている。が、三蹟の称が使われるのは江戸時代からである。
三蹟
小野道風(894?~966)
書家、醍醐・朱雀・村上の3朝に仕え、能書として重用された。その筆跡は野蹟(やせき)とよばれ、三蹟の一人に数えられる。和様書道の創始者として、日本書道史上最も重要な位置を占める。伝称筆跡が多いが、「智証太師諡号勅書」「屏風土代」「玉泉帖」などが真跡として認められている。

彩箋墨書(国宝、東京国立博物館蔵)
円珍贈法印大和尚位並智証大師謚号勅書、朝廷より円珍に智証大師の謚号が贈られた時(円珍没後36年目)に執筆、平安時代、927年(延長5年)
藤原行成(972~1027)
学才と能書で知られ、小野道風の書を基に、明るい温雅な書風を確立させ、和様書道の大成者とされる。三蹟の一人で、「白楽天詩巻」、「白氏詩巻」などがあり、また多くの古筆の筆者に擬される。その家系は行成の建てた寺に因み世尊寺流と称され、書の主流となった。

白氏詩巻(国宝、 東京国立博物館蔵)
藤原行成筆、赤紫・薄茶などの料紙に唐の白居易の白氏文集の詩を揮毫したもの、 平安時代、1018年(寛仁2年)