金沢城探訪
河北門、石川門と鉛瓦、耐鉛性シダ植物、ヘビノネゴザ、
東の丸東面石垣、玉泉院丸庭園


河北門、金沢城の実質的な正門
河北門は、金沢城の実質的な正門でです。高麗門の一の門、櫓門の二の門、枡形土塀で構成された枡形門で、屋根は鉛瓦です。金沢城三の丸の入口で、真向かいの石川門へと通じています。



石川門、鉄砲狭間と石落とし
石川門は、金沢城の搦手(裏口)門で、城下町金沢のシンボルとなっています。
金沢城三の丸への入口で、 高麗門の一の門、櫓門の二の門、続櫓とニ層二階建ての石川櫓で構成された枡形門で、屋根は鉛瓦です。
この鉛瓦の屋根は、3代藩主前田利常の頃から、加賀藩が、いざというときに備え、銃弾資材をこのような形で備蓄していたとか、鉛瓦の中に蓄財用の金、銀を鋳込んであった、との言い伝えがありました。 また、土塀の鉄砲狭間と鉛瓦屋根の石落としで金沢城を守りました。
現在、国の重要文化財、石川門、三十間長屋のほか、近年、再建された、河北門、二の丸の橋爪門と続き櫓、菱櫓、五十間長屋など、全て鉛瓦葺きで、今も江戸期の面影を残しています。

鉛に耐性のあるシダ植物、ヘビノネゴザ(蛇の寝御座)
鉛瓦の表面には鉛白が生成し、酸性の雨水や降雪に溶けるので、鉛瓦の下の石垣には、鉛に耐性があり、金山草の異名をもつシダ植物、ヘビノネゴザ(蛇の寝御座)が群生しています。

東の丸東面石垣、金沢城最古の高石垣
初代藩主前田利家の頃から、穴太家、後藤家、戸波、正木など、加賀藩お抱えの石垣専門職人がありました。金沢城の石組みには、最古の自然石積みのほか、粗加工石積み、切石積みなど、各時代の様々な技法が見られます。


2代藩主前田利長正室、玉泉院の屋敷跡、玉泉院丸庭園
玉泉院庭園は、3代藩主前田利常の頃、城内に引かれた辰巳用水を水源とし、池底から周囲の石垣の最上段までの距離が、高低差22mの立体的な池泉回遊式庭園となっています。
玉泉院庭園は、3代藩主前田利常の頃、城内に引かれた辰巳用水を水源とし、池底から周囲の石垣の最上段までの距離が、高低差22mの立体的な池泉回遊式庭園となっています。