仕事に誠実に向き合えていないなあと後ろめたく感じながら一か月が過ぎた。落ち込んでもいい理由、他者を攻撃してもいい理由をずっと探しているようなメンタルのところに立て続けにInstagramのタグ付けをされ、それが「これはハマらなかったけどこっちはよかった」「名前だけで食わず嫌いしていたけどおもしろかった」「自分には合わないと思っていたけど好きだった」という類のもので、そういうコメントは他者に向いている分には「そういう人にもハマっててすごいなあ」と好印象だが、いざ自分に向けられて見るとうるせえなとしか思わないのであった。なんでタグ付けていいと思ったんだ。自分がもうチャレンジャーの立ち位置ではないことをいよいよ思う。

 

リンク貼ろうとしているのになかなかうまくいかない。みんなのブログを見ています。

ブログができたぞ~と思いスマホから見てあまりの広告の多さに眩暈がしておりちょっとアメブロじゃなかったのかもしれないと既に思い始めている……

 

やることはあるけど忙しくない、的な変な時間が流れる週末である。

IDやプロフ画像をどうせやるならキモくなくちゃね!という感じがあり、昔撮った写真などを見返していた。喫煙室があった頃の元弊社(で自我しかない煙草を吸っていた写真)、大学の時住んでいたマンションの隣の小さい犬しか住んでいない富豪マンション、本当に誰と行ったか覚えていないビリヤード、冷蔵庫に初めて入れたほうれん草。煙草のをアイコンにしていたが、もうあんま吸ってないのにださいなと思って、なんか喋る時いちいちださいとかきもいとか言って許されようとするのは一回しっかり叩かれたことがあるからで、叩かれたのはブログがきもかったからなわけだが、きもいことをあきらめて堂々とうっとりするためにもう一度ブログをしたいんだった。濾過された日記を書けるようになりたい。

 

三十代の2026年にブログをやろうとしてまさかAmebaになるとはね!でももう最後まで死ななそうなプラットフォームじゃないと嫌なんだ。

ホムペ時代に戻りたいと思っている友人各位があまりにも多く、試しにbkmで繋いでみようかと思ってブログをはじめました。ノーいいねノーコメントノーサムネイルでおのおのやっていきましょう。noteもsizumeもきもく、時代はAmeba。インターネットオニオンのわたしたちは脱いでも脱いでもインターネットです。お疲れさん。