典医寺の外からドドドッという幾つもの靴音と、携えた剣が鳴る音がする。

 

「何? 何が起きたの?」

「捕り物ですね。武官たちが正殿へと向かっているのでしょう。ああ、こちらは心配ありません」

 

チャン・ビンの言葉にウンスはホッと息をつく。

 

いざって時は武閣氏も韓先生武もいるし、于達赤だって…あっ!

まさか…今のが?

 

「韓先生、正殿ってことは…于達赤?」

 

チャン・ビンは書き物の手を止めて、ウンスの方を振り返ると…

 

「于達赤はあのような騒々しい足音を立てませぬ。おそらくは鷹揚軍かと」

「おうよう軍? アン・ジェさんの隊かしら?」

「(そこまでは)わかりかねますが、何かしらの密告があったようです」

「わぁ〜それ、内部告発よね? こういうことってよくあるの?」

「チョナが高麗に戻られてから日も浅く、此度が初めてでは」

 

医仙と呼ばれる女人がこの地に来てからの月日は、王と王妃の帰還と同じ。

その間、徳成府院君一派や、徳興君という キ・チョルの隠し球も登場し、幾度となく危険な目にあってきた。天の医術で王妃やチェ・ヨンを救った女人を守るのも、自分の役目とチャン・ビンは心得ている。

 

『禁軍が典医寺の近くを通るが、これは作戦。あの方が怯えぬよう配慮を頼む』

 

予め于達赤テジャンから告げられていたのだ。親元派と敵対していた右政丞(イルシン)が王の廃位を画策し、如何にして徳興君と密約を交わしたか。そして、これはイルシンをおびき出す策だと。

 

「あのタヌキオヤジ、10年もイングムニムと大都で一緒だったんでしょ? 反元主義だって公言してたらしいじゃない。人の信念ってそんなに簡単に変わるもの? 」

「秘密裏に事を運び、誰ひとり知る者はいない。そう思っていたのではないでしょうか」

「だけど、密告されちゃったってワケよね」
「ええ、天知る地知る我知る子(なんじ)知る、ですな」

「…てん、しる? 」

 

初めて耳にする言葉に、ウンスは固まった。

 

「ああ、秘密というものは漏れるものだ、ということです」

「ええと…韓先生、漢字で書いてもらえます」

 

あの男(ひと)に訊いてみようかな

 

漢字は意味を持つ。ウンスがチェ・ヨンから学んだことだ。

 

オモシロい逸話とか、あるかもしれないじゃない♪

 

 

☆☆☆

 

その夜、ウンスの元を訪れたチェ・ヨンは、『天知地知你知我知』と記された紙を彼女に手渡すと、スラスラと説明を始める。

 

その昔、後漢前期の政治家・楊震(ようしん)が東萊の任地に赴くとき、彼の後押しで昇進した王密という知人から金十斤を差し出された。明らかに賄賂だ。

 

「私は君の人となりを知っているのに、君が私の人となりを知らないのはどういうことだ」と楊震は云う。すると「日も暮れて誰も知るまい」と返ってくるではないか。楊震は「天も、神も、私も、あなたも知っている。誰も知らないとどうして言える」そう応えた。彼の言葉に王密は恥じ入ってそのまま部屋を出ていったそう。

 

以上が『天知る地知る我知る子知る』の由来である、と。

 

「他人は知るまいと思っても、天地の神々も、我も、それをする君自身も知っている、そう相手を諭したのです」

「ふぅ〜ん。でもさ、そのようしんて人、相手の人となりを知ってるっていうなら、賄賂のこともさ、ある程度は予想できたはずでしょう?」

 

一理ある

だがイムジャ、それは屁理屈だろう

 

「成句とは、往々にしてそういうもの、です」

「そういうもの…ね」

 

頰杖をつき、そう呟く天からの女人は、どうにも納得がゆかぬようだ。

 

「💡そうだ! そうよ! マー・ボーヨン(馬伯庸)っていう作家が書いた『Under The Microscope』だわ!!!」

 

草子の題名なのか、理解不能な天界語が混じっている。

チェ・ヨンはあえて言葉の意味を問い返さず、ウンスの話しを聞くことにした。

 

 

「明代…あ、元の次の王朝の、とある府の話し。

農民達は朝廷で決められた税を納めるために、貧しい生活を強いられてたの。

納める税額は田畑の広さで決められててね、その測量に携わる下っ端の役人ていうのが数学…え〜と算術の天才で、推歩摂頂の術っていう速くて正確な測量術を編み出しちゃう。

 

彼には息子がひとりいて、その子も算術が大得意なんだけど、生まれついた病気で他人と上手く関われないの。そんな息子を治療したい父親は、上司からとある土地を実際より狭く記載して、納税額を少なくする不正を持ちかけられるんだけど、それを続ける自分を恥じて協力を断るわけよ」

「いわゆる隠田ですな」

「それそれ! オマケに正しい測量に基づいて“人頭絹布税”も作り直しちゃった。頭の中にすべて入ってるから、無くしてもすぐに書き直せるって云って。で、口封じされちゃう。表向きは自殺よ」

 

それから20年が過ぎ…

 

数字に誤りを見つけると正さずにはいられない“算術バカ”と呼ばれる主人公帥家黙は、ある日、侵入した役所の帳簿から、八つある県のうち仁華県のみが、存在しないはずの税を100年前から支払っていることに気付く。得意の算術を駆使して不正を暴くべく奔走する帥家黙だったが、やがて事件は幼い頃に死別した両親の死の真相につながっていることを知り…(WOWOWから抜粋)

 

「舞台になってる金安府には、元朝廷の要職についていた長と、彼の取り巻き達の利益共同体組織があったの。長いこと、隠田って云うの? それで税金逃れして私腹を肥やし続けてきたってワケ💢👊

で、主人公は改竄してある帳簿をそのままにしておけない生分だから、親友と共に役所に訴えるんだけど、そこにも利を貪る取り巻きの仲間がいて、挙げ句捕らえられたり殺されそうになっちゃう。

 

測量絡みで暴動が起きたり、主人公の両親の不審死も絡んできて、やれ不正科挙だの、朝廷の巡察使だの、もうグチャグチャよ」

 

解決したのか、というチェ・ヨンの問に、ウンスは大きく頷いた。

 

「もちろん! 印象深いのは、主人公が亡き父の言葉を語る場面かな。

 

数字は純朴で、算術はこの世で最も誠実だ。数字の関係は星宿のごとく不変。

(星の)運行と計算の理を握れば、天地を俯仰し、探求できる。

 

 

ね、これって天にも地にも真理があって、父と息子はさ、嘘のない誠実な数字を求めて止まないってことで、この紙にある漢字とリンクしない?

あっ、もちろん、悪事はぜ〜んぶ白日のもとに曝されるから、それこそさっきの後漢書通りなんだけど…ね、あなたはどう思う?」

 

リンクとは連結という意味合いらしい。となれば二つ目の解釈だ。チェ・ヨンはそれに心揺さぶられた。

 

そうだ、肝心なのは、楊震の為人

それなくして意は伝わらぬ

イムジャ、貴女には驚かされてばかりだ

 

「後漢書に登場する楊震は、経に明るく関西の孔子と賞賛されていたそうです。

仕官の誘いを断り続け、田を耕して暮らし、母に孝養を尽くした人物だと。

彼は知命(50歳)にして初めて州郡に仕え、決して不正を許さず、政変で失脚しようとその姿勢を貫いた。似ていますね、貴女の語った人物と」

 

内心を隠すように淡々と語るが、『似ている』というくだりにウンスの顔がパッと耀いた。

清廉且つ潔白で、少々頑固な後の大将軍は、その笑顔から目が離せなくなる。

 

これは、欲なのか

決して抱くことを許されぬ、欲…

 

そういえば、この男(ひと)のアッパも“黄金を石ころのように思う人間となれ”って家訓残してたわね

 

 

 

終わり

 

 

 

まずは地震、大丈夫でしたか? 短かったけど結構揺れを感じてオロっと

 

水曜視聴枠、悩んだわりには『天地に問う』をすんなり選んじゃいました。

「数字は嘘をつかない」と「正義は勝つ」的な展開、意外と面白かったです❤︎

後半の後半になって、弁が立つ状師(代言人や弁護士の類)程仁清と親友豊宝玉ががんばりました!!! そして熟練の俳優陣のタヌキ演技がこれまたスゴかった。

 

14話と短めです。今日現在WOWOWでは7話以降。最終の2話が4/16で配信終了なので、近々どこかで見られる予感〜❤︎

 

馬伯庸の小説『顕微鏡下的大明(天地に問うの原作)』は2019年に出版されているので、2012年にタイムワープしたウンスには読めないンだけどε=ε=ε=

 

そして来週からはいよいよ、待ちに待った『蓮花楼』@WOWOWが始まります♥️

BS12とアマプラエンタメ・アジアで視聴可能な『沈香の夢』

U-NEXTでは『青雲志』『永楽帝』『長安賢后伝』『瑠璃』『与君歌』と、ちょっとした春の成毅(チョン・イー)祭り状態かも🎶