1994年セントバレンタインデーのふたり…
「バレンタインデーにいい映画だったわね」
「そうだな」
「エンパイアステートビルの展望台エレベーターにどうしても乗りたくて、アニーが言うじゃない。1分でいい、行くだけで気がすむって」
「うん、エレベータの警備員もナイスリアクションだった」
「そうそう、『ケーリー・グラントでしょ?』だったかしら」
「『妻が好きな映画』ってひと言が、バツグンに効いてたな」
「あっちは美男でトム・ハンクスはファニーフェイスで…そこが良かったのよ」
「あはは、それは云えてる」
「ウンスにも、サムのような運命の男(ひと)が見つかることを願うわ。あの子、跳ねっ返りで気が強いから、心配で心配で…」
「おいおい、いくらなんでも気が早すぎやしないか?」
「そう? そりゃそうよね。ロマンチックな映画にすっかり感化されちゃったわ(笑)」
「なら、あの子と運命の相手との待ち合わせの場所は…南山タワーで決まりだな」
「やだ、あなたこそだいぶ気が早くなあい?」
「そうか?」
「そうよ!」
☆☆☆
こちらは“再会”から数ヶ月後のふたり…
「つまりね、家族や恋人と“愛”を祝う日が、セントバレンタインデーってわけ」
「して、その日に貴女の親御は、えいがとやらを?」
「そう、バレンタインが近づく度に、何度も聞かされたわ。アッパもオンマも何年たってもその映画に感化されちゃって、一人娘に淡い期待を描いてたってワケ」
「イムジャ、南山たわぁとやらで、誰かと逢ったことが?」
思わぬ問に、ウンスの目が泳ぐ。
「な、無いわよ」
「行ったのでは?」
顔を極端に近づけられて問われれば、もはや嘘をつくどころではない。
「…なりゆきで、よ」
「やはりな」
黒目がちなチェ・ヨンの瞳が笑ってる。からかわれたのだ。
「ちょっとぉ〜、もう大昔の話し。時効成立だわ」
武人の胸をひとつふたつ叩いたところで、形勢逆転にはほど遠い。
「それにバレンタインデーじゃなかったし、ズーッと待ってるっていわれたらさ、行くしかないじゃない?」
わかっております、ときつく抱きしめられ、耳元で囁かれる。
俺達の出逢いは、と。
「江南のコエックスね。あの時のあなた、ちょっと怖かったわ」
「それは…」
それは、朗々とした貴女の声に導かれ、目が離せなくなったから…
「いきなり鎧姿で剣持ってるし、よ。でもね、印象に残ったのは…」
ウンスの口元に笑みが浮かぶ。
「残ったのは、何です?」
再び、熱く掠れ気味の声が耳元に届くと、身体中にピリピリとした感覚が走る。
なんにせよ、チェ・ヨンとの距離が近い。
百年前の世界から戻って以来、二度と失いたくない、そんな気持ちからなのだろう。ふたりきりの時は尚更だ。
今も、いつの間にか腰を抱かれている。
「これ、この瞳よ。ふぅ〜…吸い込まれちゃうかと思ったわ」
「こうされるのは、お嫌ですか?」
「イヤ、じゃありませんけど…」
腰を抱くチェ・ヨンの腕に力がこもり、もはや逃れる術もない。
「ちょっとっ、動け、ないわ…」
「俺の傍に。いけませんか?」
ウンスの身体が宙に浮く。
ヒョイと横抱きにされると、スタスタと寝屋に運ばれてしまった。
「ねえ、ねえ、待って、待ってよ」
チェ・ヨンの瞳が輝きを増す。
「初めてこうして抱き上げたとき、貴女は荷物のように扱うな、と」
あの時に比べたら、随分と大人しい
「だって、もうおどろいちゃって…」
だから、手足をバタ付かせて、もがいたわ
「ケド、あの時も、今も、あなたに…」
「俺に?」
あなたに見つめられたら
そう、あのシーンみたいに…
目が逸らせなくなってさ
逢えないことで想いを募らせ、再会が日々の想いを深めてゆく。
映画の主人公たちと同じように…
おわり
もう3月で…
バレンタインに間に合うように書き始めたのに、あっという間のひな祭りにε=ε=ε=