「今、頷いた? それってもしかしたら…OK?
あ、OKっていうのは了解って意味なんだけど、わたしの見間違いとかじゃ…」
上目遣いでチェ・ヨンの顔をのぞき込み、どうにも疑わしいといった体だ。
ところが、目を閉じて一呼吸おくと、イタズラそうな顔つきに変貌を遂げている。
「于達赤テジャン、確かにこくりってしたでしょう? 頷くの、ちゃーんと見たもの。武士に二言はないのよね? だったら明日の朝、わたしとデートよ」
片方の手を腰にあてがい、身振り手振りをまじえた喋くりに、チェ・ヨンは笑いを堪えるのが精一杯。
武士に二言とは…
こじつけもいいところですよ
「ならば、早朝に」
そう応える。約束は違えぬものだ。
すると、冬空に差し込む陽の光のようにウンスの顔がほころんでゆき…
「うん、朝のうちじゃないと見られないと思うの。そうだわ、あさ…」
ところが、彼女が先を続けようとしたその時、微かな声が耳に届く。
「医仙さま〜どちらですか〜。薬の調合が始まります。どうかお戻りに」
典医寺の医員があちこちと探し回っているようだ。
「マズい! 戻らなきゃ。じゃあチェ・ヨンさん、明日よろしくね」
よろしく。そう云われても何をどうよろしくなのか、見当が付きかねたが…
先ずは、此奴をどうにかせねば
「トルベっ」
☆☆☆ その夜… ☆☆☆
「トルベはいるか?」
「テジャン…明日休みだからって、さっき出かけちゃいましたけど」
「あっ、俺手紙預かってます。今届けに行こうと…」
トクマンからひったくるように受け取った書簡には、ご丁寧に封までされている。
自室に戻って中を改めたチェ・ヨンは…「くそったれ!」そうひと言云い残し、自室を後にした。
☆☆☆ マンボの店… ☆☆☆
「こんな夜中に手炉※が欲しいって…急に云われてもよぉ」
「なにかあるだろう? 灰と炭も頼む」
チェ・ヨンの勢いに押され、マンボが仕方なく出してきたのは…
「すまねえな、これしか見つからねえ。明日倉庫で探しとくわ」
☆☆☆ 一夜明けて… ☆☆☆
ようやっと陽が登り、雪面を磨くように照らし始めた頃、チェ・ヨンは懐にあるものを偲ばせて部屋の戸を叩く。
「いいお天気でよかったわ」
そう声を弾ませながら現れた女人(ひと)は、なんと全身白ずくめだ。
「ああこれ? 保護色よ。あなたは気配が消せるけど、雪とおんなじ色なら目立たないかなって」
「…」
絶句である。装飾ひとつ無いというのに、華やかでよく似合って見えたのだ。天界の女人はいつだってチェ・ヨンを驚かせ、閉じていた心の目をまた一つ開かせる。
「そうそう、忘れることころだった」
ウンスは両の手に蜜柑を持てるだけ持つと、持参した品を渡す間をチェ・ヨンに与えず「さ、行こう!」と促した。
☆
ふたりがやってきたのは典医寺の奥庭で、元は薬倉庫が建っていた場所だ。
あたり一面が積雪に覆われる中、たったひとつだけ可憐な花が咲いている。ウンスはその周りの積雪を踏み固める。
「あまり効果は期待できないんだけどね。チェ・ヨンさん、そろそろ隠れなきゃ。とにかく笑っちゃうくらい可愛いのよ。あっ、見て!」
飛んできたのは黄色と黒の羽毛を持つ美しい鳥。
花の蜜に惹かれてやって来たのだろう。
「あの子がね、本当にドジなのよ」
そう云ったそばから、着地しようと伸ばした脚がすぽっと雪に埋もれ、慌てて飛び立とうと羽ばたけば、雪が粒状に舞い上がりキラキラと耀いた。
「またダメ…昨日も一昨日もなの。これじゃイタチごっこだわ」
石を置いても木片を置いても、何故かその場所とは違うところに降りるのだ、と。
「仕方ない、最終兵器の登場ね」
昨日、坤成殿から持ち帰った蜜柑だ。
「それで何をしようと…」
「へへへ、見てのお楽しみ〜」
蜜柑の皮を剥いて、二三個雪の上に放ってやる。すると…
青い頭をした一羽が早速寄ってきて、上手いことその房を啄みはじめ…
「うわ、さっきの鳥も果汁を吸ってるわ。大成功ね」
「よいのですか? 貴女の好物なのでは?」
「わたし達の分もちゃ〜んとあるわよ。ほらほら」
受け取る時に触れた、ウンスの指がなんとも冷たくなっている。
チェ・ヨンは無言のまま、その手を自らの懐へと導いた。
「ちょっとっ!…あれ? あったかい。なんで?」
「貴女に、手炉を」
「しゅろ? うわ、指先がシビれてきた。こっちの手も… ほっぺたも…」
「な、なにを…」
もしも、誰かがこのシーンを目撃したならば、間違いなく男女の密会だと思うに違いない。
要は、懐から手炉を取り出せばすむことなのだが…
やはり、沈黙は金なのだ。
オマケ
さて、某の出番にてございます。
トルベ殿の書簡には何が書かれていたのか…
「義を見てせざるは、勇なきなり
手です。女人の手を温めてさし上げればいいのではないかと」
槍使いは “手を握って” そう伝えたかった模様。
しかし主人ときたら、あろうことが手炉を連想してしまったという。
まっ、結果的にはよろしかったようではあります。
もう温かくて…ずっとこの男(ひと)にくっついていたいくらい
でも、背中が寒いわね
ぎゅって抱きしめてくれたら、もっとあたたかくなるのに by ウンス
医仙さまが手炉をご存じではなくて、本当によかった…by 鬼剣
終わり
※手炉:火鉢の小型なもの(出典:コトバンク)
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画像はPinterestからお借りしてます
『琅琊榜』にて、梅長蘇がよくそれで手を温めていましたよね。
実はJも似たようなものを持ってたりするんですが…もっぱら香炉づかい。
だって専用の炭(梅の形をしていたりする)がないんだもん( 。-_-。)
ありゃあ出せねえよな
猫好きの名無しが特注した手炉だからよ by マンボ
画像はPinterestからお借りしてます
は〜やっと書けました。