音も無く吹いた風に、色づいた葉がチェ・ヨンの目の前をかすめながら舞ってゆく。そのうちの一枚が渓流に色を添え、ゆったりとした流れに身をまかせる。自然が織りなす秋という名の演出は、なんとも色鮮やかで美しい。

 

 

一刻でも早く…そんな想いを胸に抱きチュホンを走らせてきたが、人も馬も休息は必要だ。沢に降り愛馬と共に喉を潤し、ほんの束の間目を閉じる。

 

あと半月もすれば冬将軍の足音が聞こえてくるだろう。その前に…

 

『キノコ狩りをするの! 落ち葉を集めて焚き火もしちゃう? で、そのフイシューフアっていうキノコをたーくさん採って焼いて食べたら…もう、最高に幸せな秋の味覚よ!』

 

子男山の坂道で息を弾ませ頰を高揚させながら、ウンスが楽しそうに話していたのは、チェ・ヨンにとっては四年前だ。

 

あの方の一年は…

 

見知った顔ひとつ無く、さらに百年も時代が遡った。

どれだけの苦労と忍耐を強いられたことだろう。そう思うだけで胸が詰まり、“残る” 選択をした女人(ひと)の、望むことすべてを叶えてやりたくなる。

 

あの時と同じように…

 

 

☆☆☆ 四年前…

 

ウンスを送ってきた武閣氏の二人が去り、マンボがウンスに向かってこう尋ねる。

近いがキツい坂を登るか、遠回りだが緩やかな道をゆくかどっちがいいか、と。

 

「遅刻してきて(ハアハア)選ぶのもアレですけど…(ハァー)ゆる〜い道がいいかな、なんて…(フゥ)」

「おう、なら二人してゆっくり登ってくればいいさ。俺ら先に行ってあれこれ見繕っとくからよ」

 

マンボの提案で急な上り坂をゆくスリバン達と別れ、ふたりはなだらかな道を選んだ。それでもウンスの息が整うまで、ゆっくり、いつもよりずっとゆっくりと歩幅を狭めながらチェ・ヨンは歩く。それでもその女人(ひと)ときたら、ジリジリと遅れをとる。

 

「待って…チェ・ヨンさん、怒っちゃった? ほら、今って一年で一番気持ちのいい季節じゃない? 恐ろしいくらいよく眠れちゃって…」

「それは何より」

「ほら、やっぱり怒ってる」

「貴女に見せたいものが…」

 

ウンスの手首をぎゅっと掴むと、チェ・ヨンはいきなり引っぱった。

 

「ちょっと、っとっとっ…」

 

急に引っぱられた所為か、その女人(ひと)が腕にしがみついてきて…なんとも温かく、芳しい香りが胸を締め付けてくる。

 

「見せたいものが」

「なにかしら?」

 

想いを封じ込めるようにウンスをしっかりと立たせ、チェ・ヨンは下見で見つけたあるものを指さした。

 

 

「…光ってるわ」

 

云われなければ気づかない程の、とても小さな光るキノコが生えている。

 

「夏には群生するそうですが、この季節に見られるとは」

「珍しいって?」

「ええ」

「不思議ね。まるで魔法みたい」

 

しゃがみ込み、喜々とした表情で、ウンスがキノコを見つめている。

綺麗な流線を描く額、スッと通った鼻筋に、濡れたような赤い唇、そして…その強い眼差しに、チェ・ヨンは一目見たときから魅入られていたのだ。

 

剣を握らずとも、自らの足元を照らしつつ、周りを明るく映し出す

そんな貴女にどこか似ている

 

「チェ・ヨンさん…手、貸してくれません? 足、シビれちゃったみたいなの」

 

 

☆☆☆

 

あの時、初めて女人をおぶった

貴女ときたら、喋り通しで

俺の背を幾度も叩きながら、鈴が転がるような笑い声をたてて

貴女を…どれほどきつく抱きしめたい、そう想ったことか

 

茸狩りの後、山頂にほど近い場所で、開京の街を眺めつつ、火を起こし、全員でBBQをした。ウンスはよく食べてよく呑んで、そしてよく笑った。とても楽しそうに。

 

『あの小さな光るキノコだけど、夏になったらまた見られるかしら』

 

だからチェ・ヨンは探し続けた。ウンス不在の四年の間も。

そして見つけた。その女人(ひと)が戻り、秋が終わりを告げようとする頃に、ようやっと。

 

一陣の風が、灰樹花の微かな香りを運んでくる。

 

 

「さあ戻ろう、あの方の待つ家に」

 

イムジャ、帰ったら “びぃびぃきゅー” とやらを再び…

 

 

 

終わります

 

 

 

※光るキノコ:写真のキノコはアミヒカリタケ、という白く光る小さなキノコではないかと。

 

 

☝有名なのは緑色をしたシイノトモシビタケやヤコウタケあたりでしょうか。

クラゲみたいですよね?

 

 

 

今月中に何とか終わらせたかった『灰樹花』、やっと書き書き。

実は…エゾアワビネタまで行き着かず…む、無念( 。-_-。)

美味しかったんです。“濠”の鉄板焼き ❤︎