華の香りに包まれる。清々しくて、それでいて密のような甘さのある、人界を越えたような。

自分がどこにいるのかを知りたくて、ウンスは重たい目蓋を開けようとしたが…

 

 

 

きれい…山茶花(※1)かな

うっとりするような香りで…

 

まるで仙境の地に咲くような趣をたたえ、春の陽を存分に浴びる姿がなんとも美しく、しばしの間見惚れていると、その先からまた別の香りが漂ってくる。

 

 

天仙は天を舞い、地仙は大地を駆け巡り、水仙は…

 

わたしに似合うって…あの男(ひと)が

ここ、やっぱり仙境の地?

なんていったっけ…じんかんようち(※2)? 確か、そんな名前で…

 

「イムジャ…」

 

待ってよ

今、スッゴく面白い景色をさ…

 

 

☆☆☆

 

「チェ・ヨンや、医仙は息災か?」

「はっ」

「ワンビの件では苦労を掛けておる」


『お子が出来にくい体質を、少しずつだけど改善中なの。

時間はかかるけど、お若いから大丈夫よ。きっと授かる』

 

明るい声でウンスがそう云っていた。目標を持つのはいいことだ、とも。

 

「それが、奧の務めでもあるゆえ」

 

チェ・ヨンがそう答えると、いきなり王が尋ねかけてきた。

 

「其方は子が授かる夢を知っておるか? 胎夢(テモン)と言うらしいが…」

 

片方の口の端を上げ、ニマリとしながら。

 

 

☆☆☆

 

チュホンと剣をテマンに預け、鎧を解いてから居間に入ると、ウンスが窓辺で居眠りをしている。心地のよい夢でも見ているのだろうか…その安らかな寝顔に、チェ・ヨンは安堵の息を漏らした。

 

「イムジャ、このような場でうたた寝など。風邪をひきます」

「待って…い…おもしろい…」

 

その女人(ひと)が寝言を言いながら、チェ・ヨンの差しだした腕に、大人しく身体を預けてくる。このまま寝台へと運ぶべきか、それとも、と一瞬躊躇したその時…

妻の目がゆっくりと開いた。

 

「…へっ?」

 

夢の続きだと思っているのか…瞳を大きくして辺りを見回しでもまだ、状況がのみ込めない、といった様子がなんとも面白く、チェ・ヨンは声を出して笑ってしまった。

 

「お帰りなさい! もう年明け一番に笑われちゃった」

 

妻がそう言って抱きついてくる。

 

「笑う門には福来たるっていうから…仕方ないわ。許そうか?」

「是非に。イムジャ、夢でも?」

「それが…ヘンね。全部覚えてる。いつもは忘れちゃうのに…」

 

話しが長くなるから、とまずは茶礼を済ませ、出来たてのトックッを食べながら…

 

「ね、イングムニムはお元気だった? ワンビママのお風邪がなかなか治らなくて心配されてるわね、きっと。明日にでも坤成殿に伺おうかな。いい香りのするお茶と、マンボ姐さんが作ってくれた正菓持参で。レンコンに生姜やゆずと、りんごや桔梗根まであるんだから。叔母さまにもお目にかかれるし…」

 

ウンスがあれこれと話し始める。

 

まったく、食らうのも喋るのも同時にやってのけるのは、貴女だけですよ

 

「ヨボ、また珍しいものを見るみたいな目つきになってる…」

 

妻に睨まれて、コホンと咳をして誤魔化したが…

 

貴女から、ヨボと呼ばれるたびに笑みが浮かぶのは、立場上…困りものだが

 

「…チョナはワンビママのために絵を描き、俺に夢の話しを」

「夢? そうそう、夢よ! それがね…」

 

 

花が光を浴びて美しい様子を見たという。そして…

 

 

驚くほど透き通った水が、光を反射してさまざまな色に煌めいている場所を見たのだとも。

段々に重なり合った池が、まるで竜王の棲み家のように、ウンスには見えたのだそうな。

 

『美しい花や月は女児を。黄龍、尾の長い動物は男子の誕生を表すとな』

『…左様で』

『まずは其方たちに跡取りが授かれば、余もワンビも嬉しいのだが、どうじゃ?』

 

景色を描き終えた王が、チェ・ヨンに語ったことが脳裏に浮かんだ。

 

玉翠峰の黄龍(※3)だろうか…

ならば、これは…胎夢なのか?

 

「ねえ、チェ・ヨンてば、聞こえてる? ボーッとしちゃって…」

 

ぬか喜びということもある。ここで騒ぎ立てるのは得策ではない。

 

落ち着け

時期が来れば自ずとわかること

ただ…

 

「ソスラルを過ぎたら直ぐに立春でしょう? 夢で、ちょっとだけ春を先取りしちゃったわ」

 

柔らかな午後の光りを浴びながら、ウンスが頰を染めている。

その姿に、チェ・ヨンは改めて見惚れてしまった。

 

そして思った。

 

この後、酒を呑ませるのは控えた方がいいのか? 

密事始(※4)も当分の間は…

 

夫がそんなことを考え、己の欲に顔をしかめたことを、ウンスは知らない。

…そして、秋の頃、ふたりの子の母となることも。

 

 

終わり(ど、どこが甘いんじゃ 爆弾 と自爆しました)

 

 

 

※1)山茶花:日本ではサザンカのことですが、中国に渡ってツバキ一般を指す山茶花といわれるようになったらしいです。また、山茶花の園芸品種を寒椿という説も。

ウンスが見たのはピンクの山茶花で、その花言葉は「永遠の愛」だそうでございます。

 

※2)人間瑤池(じんかんようち):仙人の住む場所のことで、黄龍のことを指しているのではないかと。(あやふや…)

 

※3)黄龍(こおりゅう):中国四川省松瀋県の標高3000メートルを超える高地に広がる、仙人が生まれ、龍が眠る地のことで、世界遺産になっています。見てみたいです!!!

 

追記(くるくるさんありがとう!)

※4)密事始:イコール姫始のことです(*´艸`) 

これって季語なんですって (゚ロ゚屮)屮

飛馬始/姫糊始/火水始/密事始/姫始「ひめ」に当てる字によって複数の意味がある。「火水」なら火や水を使い始めること、「飛馬」なら年の最初に乗馬することなど。一般には「秘め」で、夫婦が年の最初に交合すること。(きごさい歳時記 5000季語の検索より)

 

今夜、あとひとつアップ出来るかな…