誰かとソジュを飲んでいる。
それは変わった味がして、飲み込むのに一苦労だ。
どうやら何種類もの薬草が入っているらしい。
「少し苦いな」
男が眉をしかめて言う。
「そうね…なんでだろう。あうと思ったんだけど。次は、これとこれにしてみようか」
「そっちは茴香ですよ」
「ういきょう? いい香りがするから、ソジュよりお酒に合うかもよ」
「やはり、生(き)で呑みませんか?」
「…ね、あと1回だけ試させて。まだ組み合わせてないのは…」
「イムジャ…」
今、イムジャって呼んだ?
「なあに?」
顔を上げ男に目をやると、吸い込まれそうな瞳に見つめられている。
「そろそろ終いにしませんか」
肩に、男の大きな手が触れてきて…
んんん? 顔近づいてきてる? えぇぇっ!!!
☆☆☆
国際酒類博覧会を訪れてから、ひと月が経っている。マリ・ステラはウンスが初めてシャルトリューズを呑んだというバーにいる。ここに来ればあの男のことがわかるかもしれない…そう思ったのだ。
黒くて軽くカールしている髪に、同じ色の瞳…彼女の好みより甘いマスクをしているが、すれ違ったら思わず振り返りたくなるような容貌をしていた。
ふたりが一緒にいたとき…どことなく似て見えたのよ
雰囲気っていうか空気っていうか…
彼女には、掴もうとするとスルッと逃げてしまう…そんな記憶が存在している。
ウンス、あんたとは知り合う以前に会ったことがある(※)
誰に渡されたのかなんてことまで覚えちゃいないけど、手帖に挟まってた名刺代わりのメモに、何度も励まされたの
死んだ気になってお金を貯めて、あんたに出逢って手術を受けて、生まれ変わった
今、こうしていられるのは、ユ・ウンス、あんたのおかげだって思ってる
だから、今夜はマルガリータを呑むことにした。
フロスティングのそれは、マリ・ステラにとって願掛け用のカクテルなのだ。
次のショーがうまくゆきますように
新しい子達が早く慣れますように
ウンスの運命の男が必ず現れますように
三杯を飲み終えて、グラスをカウンターに置いたちょうどその時…
「マリ姐さん、遅れてゴメン! 」
待ち人がやって来た。
☆
「顔が近づいてきて…で? ウンス、それからどうなったのっ?」
「聞きたい? どうしても?」
「当たり前じゃない。さあ、このマリ姐さんに話してみなさい」
腰掛けたバースツールをクルっとまわし、マリ・ステラに顔を近づける。
「そこでね…」
「そこで?」
「スマホのねアラームが鳴って…目が覚めちゃった」
「もう〜こっちは息止めて聞いてたのにさ、そのオチなわけ?」
「ね? 笑うしかないでしょう?」
返事の代わりに、マリ・ステラは四杯目を一気に飲み干した。
「ふぅ〜。まっ、夢ん中でもあんたはいい男にイムジャって呼ばれたんだからさ…」
「…顔、覚えてない」
「(覚えてないって)マジで?」
うなずく代わりに頰を染め、口元をプイッととがらしている。
「それはそれはご愁傷様。ウンス、単なるカンだけど、あんたのお相手は十中八九いい男よ」
「肝心な所がぼやけちゃうなんて、ショックもいいところだわ。いい声だったはずよ。心にしみるような…なのに、どんな顔してたのか全然覚えてない」
頼んだモヒートの氷が溶けだして、グラスが汗をかき始めている。
ブツブツとグチりながら、その表面を指先でなぞるウンスの仕草に、マリ・ステラはハッとした。男と、爪のかたちがよく似ているのだ。
…宿世の縁?! 変えることの出来ない縁で結ばれた相手? それとも…
遙か遠い過去の世の結び付きを意味する言葉が、ふと脳裏に浮かんできて、五杯目のマルガリータを口にしながら頬杖をついて、ウンスの顔をじっと見つめる。
思い出したくても思いだせない、消えちゃってるあたしの記憶って…あの男とあんたのこと?
それが、前世のことなのか現世のことなのか、マリ・ステラは知る由もなかったが…
おもしろおかしく夢の話しをする女友達は、とても幸せそうに映る。
「ちょっとマリ姐さんっ! それ、五杯目でしょ? ペース速すぎだって」
「オレキシンていったっけ?それが分泌されれば別腸に入るんじゃなかった? 」
たとえ、それが前世の記憶だったとしても…
「まったく、どうすればそんな都合のいい解釈になるんだか…」
「あたしはね、生き馬の目を抜くような業界で生きてゆかなくちゃならないの。だから、いいことだけをしっかり覚えて、イヤなことはぜ〜んぶ忘れちゃうことにしてる」
ユ・ウンス、いいこと