卵と共にウズラの番を持ち帰ったトルベですが…「ウンス滋養をとる」の続き書いちまいました

 

 

 

「此奴らのために、そこをなんとかさぁ…」

 

トルベは手にした大きな鳥籠をグイっとトギの前に差し出して見せる。

そのゲージの中では番の鳥がまあるい小振りな身体を寄せ合って、目を瞑っていた。

 

「な、可愛いもんじゃないか。小屋だって作るし、餌もできる限り用意するって」

 

〈そこまでするなら、兵舎で十分飼えるじゃない〉

 

「そ、それができるなら俺だってそうしたいさ(この二日間で懐いちまってるし)

でもな、知ってのとおり此奴らの大問題は、早朝のゴキッチヨーなんだって」

 

喋ることは出来ないが、トギの聴覚は健常だ。だから無論知っている。

 

まだ暗いうちから大声で鳴くことも、バタバタと羽音をさせたり、バシャバシャと水浴びをしたり、この丸っこく膨らんでいる鳥たちが、どんなに騒がしいことか、を。

 

そして、トルベの言うところの大問題が、兵舎の脇に建つ厩舎の馬たちに関連してのことだということも。

 

ゴキッチョーというふうに聞こえる、かなり五月蠅い鳴き声は、馬達を刺激するのだという。

つまり、この番が鳴き始めると馬たちも嘶きを始めて、たちまちのうちに大騒ぎになる、というわけなのだ。

 

「馬達がまいっちまうってさ…プジャンから大目玉くらっちまった。

だからさトギィ、頼むよ。この通りだ」

 

トルベは身体をくの字に折り曲げて、トギに頭を深々と下げる。

 

〈だけど、侍医が戻ってきてからじゃないと…〉

「なら、待つ。ここで、こうして、戻られるまで」

 

何としても典医寺で

じゃないと、此奴らを外に放すことになるだろ?

…ダメだよ

なんだかんだでテマンあたりに食われちまう

 

ぴょんぴょんと跳びはねるようにして後をついてまわる番に、最初は食っちまおうか、と考えたことなどすっかりと忘れ、ウダルチの槍使いは今や彼等の居場所探しに一生懸命。

 

「あら、ウズラ? 番なの? かわいいわね♫」

 

 

鈴を転がすような声がする。

侍医が不在の今、ウダルチ テジャンの想い人である(…と勝手に思っている)この方に頼み込むしかない。

 

「医仙さまっ! 此奴等をどうか助けてやってくださいっ!!!」

 

地獄で仏を見たかのように、トルベはウンスの前に跪いた。

 

 

☆☆☆

 

「鶉という鳥は一夫一妻で、繁殖力にも富んでおります。

古来からその卵は血虚(けっきょ)の食養生に用いられており、がしかし、”鶉居鷇食(じゅんきょこうしょく)” という言葉通りにその巣は定まらぬ事が多く、こうして運良く番を手にされたのなら…チョナ、是非とも餌付けをされてみてはいかがかと」

 

侍医が淡々と説明をしたが、鶉居鷇食の四文字熟語の後、王の顔つきが少し変わった。

 

「ほう。鶉とやらには、ワンビにとって必要な食養生があると、其方は申すのじゃな」

「御意」

「医仙、天界ではどうであろう?」

「はい。ニワトリと同じようにウズラも飼育されているんです。卵は小さくても、お肌や髪や爪なんかに効果のあるビタミンB2や、ビタミンA、ビタミンD、鉄分などの栄養素が豊富に含まれていて、ニワトリの卵と比べても高タンパク低脂肪だし…」

 

マズっ!!! ビタミンとかいっちゃった

 

「…つまり、身体にとってもいいってことなんです、はい」

 

その凛とした声と真っ直ぐな笑顔は、王の気持ちを十分前向きにする。

王妃の血虚にどれほどの効果があるのか、まずは試してみたくなる。

それにしても…

 

鶉居鷇食を持ち出してくるとは…

侍医よ、余とてわかっておる

医仙にも、チェ・ヨンにも、非情な王命を下したことくらい

 

 

 

トントン拍子に話は決まった。典医寺と王の農場が共同作業で鶉を飼うことと相成ったのだ。

薬草園の近くに囲いを作り、二羽の飼育が出来るように準備をし、農場においては鶉を探しだし育成せよ、と王命が下る。

事の次第を聞き及んだトルベが、泣いて喜んだのはいうまでもない。

 

 

☆☆☆

 

そして…

雌の鶉が五個目の卵を産んだ。

 

 

早朝の観察の度、ひとつずつ増えてゆく。

このところ早起きの癖が付いたウンスはご満悦だ。

 

「見て! この模様…うわっ、まだあったかい」

 

半月ほど前、医仙が倒れてからというもの、夜間から明け方までの間、おおっぴらに護衛に付くようになったウダルチ テジャンが隣にいる。

 

「ね、教えて欲しいことがあるんだけど」

「何です?」

「この間、イングムニムにチャン先生が話していたことなんだけど…

確か…じゅんきょこうしょくって言ってたかしら…」

 

その言葉が、王に心理的な影響を与えたのは間違いなかった。

だから気になっていたのだが、鶉が小屋の片隅に巣を作り始めたり、卵を産んだりと何かと騒がしく、すっかり後回しになっていた。

 

「鶉居(じゅんきょ)とは鶉の住処が一定しないこと。

鷇食(こうしょく)とは雛鳥が親鳥の与える餌を食するという意味」

チェ・ヨンがそう説明をする。

 

「聖人というものは、鶉のように場所を選ばずに住み、親鳥の口から与えられた餌で満ちたりて、空を飛ぶ鳥のように足跡を留めないもの。

つまりは、すべてを自然の成り行きに任せ、作為しない人間を聖人という例えかと」

「ウズラと聖人て…ウズラが聖人?」

 

考え込んでいる女人(ひと)をじっと見つめながら、言葉を続ける。

 

「チャン・ビンは策士ですよ。チョナの深層心理を目覚めさせたのですから」

 

「策士? チャン先生が? あの…ウズラとどういう関係が?

もっとわからなくなった気がするんですけど…」

 

 

その昔、聖人と詠われた五帝の一人である堯が、民情視察のため華の国を訪れたときのこと。

国境警備の役人から三つの祝福を受ける。

 

「長寿であらんことを」

「貴男が富まれるよう」

「男児が多く授かるよう」

 

ところが、尭は…

「男児が多いと心配事が絶えない」

「富めば煩わしいだけ」

「長生きをすればかく恥も多くなる」

そういう理由でどの祝福も断ってしまった。

聖人と呼ばれるほどの人物なのに、何とも後ろ向きな思考。

 

「聖人は鶉居して鷇食す。

誰しも生きるに相応しい場所を、天から与えられているのです。

男児が何人いようと、各々が天分にかなった道を歩めば心配事など生じるわけがない。

莫大な富を得たら、それを分け与えさえすれば煩わしさは消えてなくなる。

そしてこの世に住み飽きたら、雲に乗って天界に遊べば良い。

このようにとらわれなき者は、いくら生きても恥辱を受けることはないというのに…」

 

役人はそう言って、尭の前から去ってしまったという。〜荘子 外篇・天地から〜

 

 

侍医は、貴女という存在を高麗に繋ぎ止めたのは、他ならぬチョナに因があることを、鶉を借りて釘を指したのです

…イムジャ、どうすれば貴女を天界にお返しできるのか

…俺に出来ることは、こうして傍にいることだけなのか

 

 ウンスが屈みこんで目一杯腕を伸ばしている。

何とも危なっかしい姿勢だ。

 

「おっとっと」「イムジャっ」

 

巣からこぼれていた卵を戻そうとしてバランスを崩し、仰向けに倒れてしまった。

チェ・ヨンをもってしてもウンスを抱きかかえるのが精一杯で…

頭を打たぬよう手で覆った反動で、上からのしかかる格好に。

 

「どうなさるおつもりか」

 

か、顔、近い

 

「あ、あの…起こしてくれます?」

「何をしようとしたのか、まずは話して」

「それが、こぼれてる卵を、巣に戻そうと…」

 

近すぎるっ

このバクバクドキドキが聞こえちゃったら…

マズいわね

絶対にマズいわよ

…そうだわ!

 

ウンスが頭のてっぺんを自分でグイグイと押しながらヘラ〜っと笑いかけてくる。

 

「ねっ、無事に孵るかな?」

「…かえる?」

「そう、卵から雛になるまで半月以上かかるみたいなんだけど…」

 

柔らかい冬の朝日を受け、その女人(ひと)の虹彩が不思議な色に耀いて見える。

もっと近くで…

そんな想いからだろうか。

 

チェ・ヨンがゆっくりと顔を近づけてくる。

百会穴(※)で押さえたはずの鼓動が、再び騒がしくなり始めて…

ウンスは目を開けていられなくなった。

 

すべてを自然の成り行きに任せ、作為しない、か

わたしも、ウズラみたいになれるかしら

チェ・ヨン、今は、こうしていることが何よりも自然に思えるんだもの…

 

 

 

終わり

 

 

 

せっかくトルベが苦労して運んできたウズラの番

「聖人は鶉居して鷇食す」という故事成語から、続きを書いちゃいました

ちょっと意訳になってるかも知れません

いつものことだよって…(爆)

 

※(ひゃくえけつ)は、督脈に属す第20番目の経穴

耳介(耳たぶ)の上端を結んだ垂直線と正中線が十文字に交差するところにある

多くの経絡が会合し、三里のツボ(黎明…天衣無縫 その4)に勝るとも劣らないほど適応症が多いとか

wiki 百会穴から参照しました