ここは王宮にある四阿。
かつて二人が毎日同じ時間に会おう、と約束をかわした場所。
しかし、今日の二人はといえば…
チェ・ヨンの眉間には縦じわが寄って、ウンスの唇はへの字だ。
「はいはい、よおく分かりました。わたしが甘かったってことで。
…じゃあ、もう行くね」
「まだ、話は途中です」
「結局ダメなんでしょ? …もういいからさ、忘れてよ」
忘れてよ、そう言われ ”はいそうですか” 、とすんなり引き下がるわけにはゆかない。
「何故、俺が答えあぐねたのかを…」
「それ、一から十までちゃんと聞いたらさ…」
その女人(ひと)は背伸びをし、チェ・ヨンに顔をグイッと近づけると…
「こっちの頼みを考え直してくれるとか?」
大きな真珠玉のように煌めく瞳が悪戯な笑みと混ざり合い、見つめられるとどうにも分が悪い。
仕方なく、コホンと咳払いの振りをすると…
「あら? ちょっといい?」
今度は暖かな指先が額に触れ、熱を確かめようとしてくる。
「平気です」
チェ・ヨンはバネ仕掛けのカラクリ人形のように背筋を伸ばすと、ほんの一瞬感じた気配を伺うため、後ろを振り返る。
…誰もいない、か
「仕方ないわね…あなたが熱出しちゃったら、困るのはわたしだもの」
体温を比べてでもいるのか、自分の額に手を当て口元を尖らせながらウンスが言う。
「イムジャ、ひと言も駄目だとは…」「えっ? じゃあさ…」
☆☆☆
「オンマの指輪とアッパへの硯は磁器の箱に入れて…
ハラボジはループタイで、ハルモニにはこの小さな香炉。
マリ・ステラには、見て!洒落てるでしょ? これ、針箱なんですって。
転科でお世話になった教授へはこの彫刻が入った墨がいいかな…」
ウンスの弁を借りると、この五月は ”プレゼント月” なのだそうな。
一日の勤労感謝を皮切りに、五日はこどもの日。八日が両親の日で、十日は釈迦の誕生日。
月中は先生の日で、その翌日が成人の日、だという。
「毎年春になると買い物争奪戦よ。出遅れたら最後、不本意な買い物をすることになるから…」
「まったく…いつ下見をしていたのです…」
「へへへ。転ばぬ先の杖っていうの? 備えあれば憂い無しかな?」
大切な人への贈り物は、開京に戻ってからすぐに探し始めたのだという。
二度と天門をくぐることはない。
ウンスは然るべき場所に石碑を建てて、その下に手紙と贈り物を埋めることを決意したのだ。
「やっと全部揃ったから、一つ一つに手紙を書いたんだけど、よく考えたら…」
ハングルで書くか漢字で記すのか…
内側にぶ厚い鉄をはめ込んだ箱に入れる、手紙の宛名で悩んでしまった。
そう、ウンスが頼んだのは…
間もなく役目で漢陽に向かうチェ・ヨンについて行きたい、という申し出だった。
タイムカプセルは、この手で埋めたいんだもの…
後半に続く
Kさま、Happy Birthday!
頂いたコメ、転ばぬ先の杖で、小噺を楽しんでいただけたらこれ幸いでございます
ですが、今日中に終わらなそうだったので前半後半になっちゃったという…
ε=ε=ε=ε=ε=ε=