昨日、プロジェクタのバッテリーが終わっちゃった

少し泣いたかもしれない

あっ 心配しないで

もうじき小菊が咲きそうなんだから 

 

この手で植えたあなたへのLove letter

あと二三日したら…きっとあの丘が黄色く染まるわ

 

生きてて欲しくて

信じて欲しくて

心から願いを込めたんだから

 

二人で歩いた道を、今は一人で歩いてる

 

あと百回だろうが、千回だろうが、毎日通い続けるつもり

ソウルから始まった時空の旅だけど、必ずあなたへの片道切符を手にしてみせる

 

だからチェ・ヨン…元気でいてくれるわよね

 

ところで、あなたは開京にいるのかしら?

 

…となると、これからの季節どうしたってこの傘は日焼け対策で外せないでしょ

私の足だとたっぷり四日はかかるから、やっぱり杖も常備品ね

 

…中身で勝負よ、ウンス

この際、外見だのトータルコーディネートだの…そんなこと二の次だと思わなきゃ!!!

 

 

☆☆☆

 

「ここにも居なそうね」

「…そのようね」

 

 

アリアドネの運命の男を探すため、精霊達は青い鳥に姿を変え下界へと舞い降りていた。

元いた場所を離れてから幾久しい。

 

「どの時代の男も、帯には短くて襟巻きには長すぎる」

「それ、間違ってるから。襟巻きじゃなくて、たすきに長しっていうのよ」

「襟巻きもたすきも、同じようなものでしょ?」

「大夫ちがうと思うけど?」

「あ〜あ、いつまでこの姿でいなきゃいけないのかしら…

人間界にも飽きてちゃったわ。ふあ〜…」

 

大あくびも、愚痴も、チュッチュッチュ♪ チチチ♫ という愛らしい鳴き声に変わるから、人には悟られることもなく都合がいいといえばいいのだが…

 

「よくあくびなんかしていられるわね!

あんたがゼウスの名前なんか出すから、怒りをかってこんな羽目になってるの。分かってる?」

「…あの時は、ああでもいわなきゃ収まりがつかなかったんだもの。

それに、不用意に聴かれちゃうような場所で詠いはじめたのは、何処のどなたでしたっけ?」

「なによその言い方!」

「それ、こっちのセリフだから!」

 

会話がエスカレートして、けんか腰になる。

 

さえずっていた二羽(ふたり)のうちの一羽(ひとり)が、不意に鳴き止んだ。

 

 

「!」

「…どうしたの? 急に。何か見つけたとか?」

 

 

「あ、あそこに、アリアドネ瓜二つの女がいる…」

「被ってる頭のてっぺんが見えてる傘、見覚えがあるわ!

…毎日のようにあの岩場まで通ってくる女じゃない? 

始めて顔を見たけど、ホント驚くほどよく似てる」

 

「近くまでいって観察してみない? ワケありって顔してるもの」

「もの凄く強い意志を秘めてるみたい。いいわね。ちょっと探ってみましょうよ」

 

精霊達は、一度ソウルに戻ったウンスが天門をくぐって辿り着いた、チェ・ヨンのいる時代よりも百年程前の世界にきていたのだ。

 

 

☆☆☆

 

タン・ユンの部隊二十数名と材木を積んだ二台の馬車を引き連れて、アン・ジェは柳仁雨とテマンが消えた辺りへと向かう。

 

「皆のもの、よく聴いてくれ! これからここに烽燧台(ポンスデ)を作る。

簡易でいいっ。 そこからのろしを上げるんだっ!」

「おお〜ぉおお!!!」

 

護軍アン・ジェの雄叫びに、兵達が一斉に動き始める。

おもしろくないのは大護軍、貢夫甫だ。

 

「護軍、のろしなど…我らがいる場所を、敵にわざわざ知らせるつもりか!!!」

「大護軍、まずは枢密院副使に戻っていただく。そのためののろしです」

 

日が落ちれば松明を片手に捜索をしなければならない。

その前に、一つでも多く手掛かりを掴んでおきたいのだ。

 

そう遠くまで行ってはないはず

テマンは爺さまに貼り付いてるはず

チェ・ヨンは無事なはず

推測の域を出ないことばかりだ。

 

ヨン…おまえどこにいるんだ

 

 

あっという間に完成した烽燧台に昇っても、アン・ジェの目には、テマンの姿も、友の居場所すら見えてこなかった。

 

 

☆☆☆

 

「貴女を裏切る、そう精霊に予言された男は、今どこにいるのです?」

「ラビュリントスの中なのか、それともまだ辿り着いてないのか…

名前も聞いてないから、私にはさっぱり分からないわ」

 

分かっているのは自分がその男に裏切られるという予言がある、ということだけ。

 

「牛頭人身の弟御は、どういう状態であの扉の向こうにいるのかご存じか?」

「動き回ってる。そういう音が聞こえてくるもの」

 

弟がたてる音を聞こうとして、アリアドネは目を閉じ耳をすます。

 

「どれ程の月日、貴女はここで運命の男を待っているのです?」

「随分と長い間待ち続けてる気がする。でも、一度も陽が暮れなくて…」

 

その事が、何よりもアリアドネを苛むのだ。

顔には光りを感じているのに底の見えない真っ暗な闇にのみ込まれてゆくような感覚…

絶えずそんな気が、自分には纏わり付いているのだと。

 

 

目の前の、ウンスによく似た女人が、チェ・ヨンは哀に思えた。

ここは、いつまでも陽は落ちることなく、花びらを揺らしても決して朽ちることのない世界だ。

 

時が流れないのは、この女人が止めているからなのか

 

あるいは、突然姿を消し去ったという精霊達の所為なのかもしれない。

再び時を動かすには少々の荒療治が必要だ、と腹を括った。

 

「あの扉の中を、確かめてみたいのだが…」

「そういってくれると思ってたわ。チェ・ヨンさん」

 

アリアドネが青い瞳を輝かせながらチェ・ヨンに向かって微笑んだ。

 

 

 

続く

 

 

 

どうしても、最終回のあの傘と杖が、喉に刺さった小骨状態な J でございます

ε=ε=ε=ε=ε=ε=