忘れ得ぬもの…

それは、ある女人の記憶

心地よく届く声、やさしい眼差し、触れた手の温かさ

そして、何よりも心を和ませてくれるのは、その女人の笑顔

 

 

 

☆☆☆ 1350年 ☆☆☆

 

今は庚寅の年。

これから王命を拝し一万の兵を率いて南海(ナメ)に向う。

 

チェ・ヨンの記憶によれば、その地で半年近くの歳月を費やすことになる。

 

数百艘にも及ぶ大軍で押し寄せた倭寇は、瞬く間に漕船の荷を奪い、さらには船からの火砲攻撃を仕掛けてきた。

狙われた漁村はたちまちのうち火の海と化す。
 

陸戦を挑んでも、海上から狙い撃ちされるだけ。

自軍には火砲はおろか、まともな戦船の一艘もない。

もはや、避難を促すしか術がなかった。

 

家も漁場も無くした民達の保護を第一に、剣を交えることなく(いくさ)で負けたのだ。

 

そして…

“水軍の再建、火砲の開発が急務” 

そう語った忠定王は、同じ頃、元の朝廷によって廃位され、ひっそりと王宮を去ったのだった。

 

俺は、どこかで誤った選択をしたのだろうか…

 

今の自分でも、南海での攻防は同じ結果を招くに違いない。

 

ならば出立前しかない

俺に、何が出来る 

考えろ!

 

どれほどの時が残されているのか…それすらわからない。

だからこそ、手をこまねいている場合ではないのだ。

チェ・ヨンはおもむろに目を閉じて、ある過去へと思いを巡らせていった。

 

 

天界の空飛ぶ馬車はね…そうだわ折り紙よ

ほら、こうしてここを折るでしょう? で、もう一回

先を尖らせて…

できた!

見て 、これ、紙飛行機っていうの

いい? 飛ばすわよ!

 

おおっ!

医仙、飛んだぞ、随分と先まで…

 

幽閉先の粗末な小屋で、ウンスと共に心から笑う慶昌君媽媽を見た。

 

行ってらっしゃい

 

ウンスの真似をしてひらひらと両手を振っている姿が浮かんできて…

チェ・ヨンはそこで思考を止める。

 

媽媽、あの時の貴方は…たいそう楽しそうでいらした

 

その小柄な身体に重い病を抱え、外に出ることも許されず、たった一人過ごすことを強いられた月日は、どのようなものだったのか…

 

心も、守って…

 

心を守ること…

 

 

「あなたと離れていた一年、記憶だけが頼りだった

心が折れそうになったら、その記憶を引っ張り出すの」

 

「記憶、ですか」

 

「そう、脳が覚えてる

⌘S あるいは Ctrl+S かな

つまり、ちゃーんとここに上書き保存されてるってこと

あなたの笑った顔や声、大きな手の感触、抱きしめられた時の日向の匂い…

時々は怒った顔や、むくれた表情?」

 

「むくれた顔など…」

 

「ほら、そういう顔!

あなたとの記憶を辿れば、わたしは一人じゃない、きっとあなたのところに戻れる…

そう、信じられた

 

脳って “記憶そのもの” なんですって

脳細胞やシナプスは時間を理解していて、上書きもしてくれちゃう

つまりはね、いつだって感情の追体験が可能ってわけよ」

 

「俺への想いが募ったと?

ならば、今宵も上書きとやらを致さねば…」

 

「ちょっ、ちょっとっ! 湯浴みもまだなのに… 」

 

 

☆☆☆

 

 

覚えておきたいことがある

時には、香りだったり、会話だったり…

時の経過と共に、それは上書きされ、心を癒やしてくれるのだ

 

 

 

続く

 

 

 

久しぶりの「分水」です

1950年のチェ・ヨンがなすべきこと…

それは、慶昌君媽媽の、その心を守ることではなかったか、と

 

 

 

てへてへ

あらすじ、忘れちゃってますよね

恒例の ナイフとフォーク からどうぞ〜

 

 

 

追記:最後に肝心なことを

 

ご卒業される? された? お子様をお持ちの方々に

おめでとうございます!

そして息つく暇も無く、入学式があったりして?!

 

J は高校の卒業式を終えてすぐ、友達とコンサートに行っちゃったという記憶が

間に合うようにと猛烈急いでおり、記念写真は一枚きり

その所為でしょうか…一月後の美大の入学式に母ついてきちゃったという

 

こればっかりは、上書きのしようがありません  (T^T)