この灯りで悲しい記憶を書き替えて欲しい。
心を、ほんの少しでも癒やしてもらえたら…
癒やす…
とうの昔に閉じ込めた辛い記憶だ。
「ヨン、あなたは皆既月食の夜テジャンを亡くして、大切な仲間まで失った。
逝ってしまった人たちの魂が安らかであって欲しい。わたしにはそう祈ることしかできないけど…赤い月がそうしたわけじゃない。少なくてもそれだけは知っているつもりよ」
「月の所為ではない、と?」
被ったマントを揺すりながら、ウンスが頷いた。
「月が赤くなると悪いことが起こるっていうのは迷信だもの」
「迷信…」
「道理にあわない、だけど人々を納得させちゃう言い伝えや噂、とでも言うのかな。
赤月隊っていう名前も、不吉とされている名を名のることで、敵の恐怖心を煽ったって。
うまい心理作戦だわ。きっとムン・チフさんはかなりの策士だったのね」
当時、赤月隊は、敵に恐れを抱かせる作戦を多用した。少ない人数で敵を倒すには、そうする必要があったのだ。
「理解出来ないことを人は恐れるわ。それを人智を越えたものの所為にして、その恐怖を祈祷やら生け贄やら…そういうのに頼って静めようとするじゃない?
だけど本当に怖いのは、そんな正体不明の物事に流されちゃう集団心理だと思うの」
「しんり…確か心理学を学んだ、そう貴女は言ってましたね」
「ヨン、わたしはあなたとこうして一緒に過ごしてゆきたい。
そのためなら、いくらだって戦うつもりよ。わたしが妖魔だっていう噂ともね」
知っていらしたのか…
「まあ…剣を持たない戦だから、時間がかかっちゃうかも」
ウンスの言う戦とは、迷信がかった誹謗中傷に屈しない、強い心を持ち続けることだ。
「覚悟の上です。長い戦になろうと、貴女は今のままで…」
二人三脚で、共に歩めばいい
幾つもの赤い宝石が煌めいた瞳に見つめられ、チェ・ヨンはやさしく微笑むと、その女人(ひと)を抱きしめた。
「ちょっとお、あなたも一緒に空を見なくちゃ。
ほら、もの凄くキレイ…不吉になんてこれっぽっちも見えないわ」
「ならば、こうして…」
ウンスの背を胸に当てるように抱き直すと、おもむろに空を見上げる。
あまたの天燈を従えて赤褐色に染まった満月が、徐々に青い光りを取り戻してゆくさまは、何とも幻想的で美しい。
ねえ、チェ・ヨン
ここで、あなたと一緒に、今夜と同じような赤くて青い月がみられるのは、何年後のことかしら
部屋に戻ったら計算してみようかな…
イムジャ、貴女は赤い月への畏怖を一瞬で美しさに変え、忘れられぬ一夜にしてしまわれた
「光りの特性だって、頭の中では理解出来るのよ。でもさ、こうして見てると本当に不思議な気がして来ちゃった。なんだか、ロマンチックよね…」
こうやってあなたにも垂れかかると、気持ちよくて眠くなっちゃう…
「冷えてきました。そろそろ部屋に戻りましょう」
「…ん」
「イムジャ?」
目蓋が重くて仕方がない。
ここ数日、なんだかんだと睡眠を削ったツケがまわったのだろう。
…ウンスはあっという間に心地よい眠りに落ちていった。
力の抜けたその身体を横抱きにすると、チェ・ヨンは今一度空を見上げる。
赤く青き月の名残を惜しむように。
終わり
P.S.
その頃王宮では…
今宵の儀礼を労いに渡っていた王に、王妃が申し出ていた。
…側室を迎えて欲しいと。
王妃のひと言が引き起こしたその夜の一大騒動は、また別の話で近いうちに…
赤月隊という名前の意図ですが、眉に唾付いてます
ムン・チフって、ヨンの師匠だけあってやっぱ策士だったよね…なあんてね
だから余計に矛盾を感じるんですよね
なんで、あの王に謁見した際、メヒを連れていったのか…(☜ しつこい)