雨が上がりしばらくすると、市井の空を燭陰(しょくいん)(オーロラ)が覆い始める。

これは吉兆の印だ、いや魔物の仕業だ、などと大騒ぎが始まった。

 

「さあさ、開京一のクッパはどうだい?

世にも珍しい綺麗な色の燭陰さね。まずは腹を満たしてさ、じっくりと眺めるのはどうだい?」

 

一にも二にも商売繁盛がマンボ姐のモットー。

懐に杓文字を忍ばせて呼び込みの真っ最中である。

 

「一杯頂こうかしら」

 

「待っておくれよ。今すぐに

あれまあ…

燭陰が出たと思ったら、今度は珍客だ」

 

なんともうれしそうな声だ。

 

「マンボ姐さん…ちっとも変わらない」

 

「そりゃあこっちのセリフさ。あんたこそちっとも変わらないよ。

ウォルヒや、いつ下界に降りてきたんだい?」

 

「それが、たった今なんです」

 

奚琴(へぐむ)を大事そうに抱えたウォルヒは、マンボ姐に向かってにっこりと微笑んだ。

 

「一番に寄ってくれたんだね。さあさ、入っとくれ。

あんたの師叔は高鼾だけどさ。あたしの開京一旨いクッパ、食べるだろう?」

 

 

「相変わらずおいしいわ。生き返りました」

 

ウォルヒは汁の一滴も残さずにクッパを平らげた。人の作った料理を食べるのは久しぶりだ。

 

「…ペクサンが好きだったねぇ。

車座になって、野営の時には音頭をとってさ。あんたといい音を奏でて…

…唯一和める幸せな時だったよ」

 

「姐さん…」

 

「おや、湿っぽくなっちまった」

 

マンボ姐が盛大に鼻をかむと…

 

「ウォルヒじゃねえか!」

 

マンボがムックリと起き上がってくる。

 

「どうした? 彼奴らに庵を貸し出したってか?」

 

確かに、そのなようなものだ。

 

「でも、師淑どうして? なんでご存じなんです?」

 

「ヨンの私兵でやたら夜目のきくテマンていう奴がいてよ。

其奴が明日の朝餉を受け取りに来たのさ。」

 

「毎朝ここまで?」

 

「平州まではって、テマンの奴やたらはりきってらあ。

それより北は西京の奴らの管轄さね」

 

「師弟のこと、慕ってるんですね」

 

「ちょこっとワケありでね。

ところでウォルヒや、その格好…あんた旅に出るつもりなじゃ」

 

そう訊ねたマンボ姐の視線が奚琴に注がれる。

 

「…やっと決心がつきました。

心配そうな顔しないでください。あの人の心と一緒に音を奏でるつもりだから」

 

「ならさ、今夜は泊まってっておくれよ。

いいだろう? 積もる話もあるんだ。」

 

ウォルヒは美しい顔を横に振った。

碧瀾渡を夜明けに出る船に乗るつもりだと。

 

チェ尚宮に挨拶ができないのが心残りだと言い残して、彼女は店を後にした。

 

 

「タラレバは禁物さ。わかってらあ。

けどよ、ペクサンは腹の子を助けようとして、気のほとんどを失くしちまったんだ。

その所為で死期が早まっちまってよ…」

 

マンボが声を詰まらせていると、バチンと口元を叩かれる。

いてえな、と声を荒げても、マンボ姐は叩くのを止めようとしない。

そうでもしなければ、ウォルヒがあまりにも憐れすぎると思ったのだ。

その耳たぶをぎゅーっと掴むと…

 

「あんた、その口布団針ででも縫ってやろうか?

いいかい、そのことは、二度と口に出すんじゃないよっ!」

 

力業をもってして、念押しを完了とした。

 

 

☆☆☆

 

 

 

こっちの部屋で寝よう、そう言ってウンスは譲ろうとしない。

 

「だってここ、託されたのよ、わたしたち」

 

「明日の朝には発つのですよ」

 

「…だから、ここで過ごしたい。しじぇ(師姉)の意思を尊重するべきだと思うの」

 

チェ・ヨンがどう言おうが、絶対に譲らないつもりだ。

 

お風呂に入りたい。髪も洗って…

その後は…

 

その後は、なるようになる。

それが今夜じゃなくてもいっこうに構わない、とも思っている。

 

心が教えてくれるわ

その時がきたら…きっと

 

ウンスはチェ・ヨンの方を向くと、とっておきの表情を浮かべ、笑いかけた。

 

 

 

続く

 

 

 

只今スリリングな日々を過ごしており…

限定記事はちょっと日が空かないとムリなのに…

 

( ;゚─゚)ゴクリ( p_q)(_ _。)

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