雨が上がりしばらくすると、市井の空を燭陰(オーロラ)が覆い始める。
これは吉兆の印だ、いや魔物の仕業だ、などと大騒ぎが始まった。
「さあさ、開京一のクッパはどうだい?
世にも珍しい綺麗な色の燭陰さね。まずは腹を満たしてさ、じっくりと眺めるのはどうだい?」
一にも二にも商売繁盛がマンボ姐のモットー。
懐に杓文字を忍ばせて呼び込みの真っ最中である。
「一杯頂こうかしら」
「待っておくれよ。今すぐに
あれまあ…
燭陰が出たと思ったら、今度は珍客だ」
なんともうれしそうな声だ。
「マンボ姐さん…ちっとも変わらない」
「そりゃあこっちのセリフさ。あんたこそちっとも変わらないよ。
ウォルヒや、いつ下界に降りてきたんだい?」
「それが、たった今なんです」
奚琴を大事そうに抱えたウォルヒは、マンボ姐に向かってにっこりと微笑んだ。
「一番に寄ってくれたんだね。さあさ、入っとくれ。
あんたの師叔は高鼾だけどさ。あたしの開京一旨いクッパ、食べるだろう?」
☆
「相変わらずおいしいわ。生き返りました」
ウォルヒは汁の一滴も残さずにクッパを平らげた。人の作った料理を食べるのは久しぶりだ。
「…ペクサンが好きだったねぇ。
車座になって、野営の時には音頭をとってさ。あんたといい音を奏でて…
…唯一和める幸せな時だったよ」
「姐さん…」
「おや、湿っぽくなっちまった」
マンボ姐が盛大に鼻をかむと…
「ウォルヒじゃねえか!」
マンボがムックリと起き上がってくる。
「どうした? 彼奴らに庵を貸し出したってか?」
確かに、そのなようなものだ。
「でも、師淑どうして? なんでご存じなんです?」
「ヨンの私兵でやたら夜目のきくテマンていう奴がいてよ。
其奴が明日の朝餉を受け取りに来たのさ。」
「毎朝ここまで?」
「平州まではって、テマンの奴やたらはりきってらあ。
それより北は西京の奴らの管轄さね」
「師弟のこと、慕ってるんですね」
「ちょこっとワケありでね。
ところでウォルヒや、その格好…あんた旅に出るつもりなじゃ」
そう訊ねたマンボ姐の視線が奚琴に注がれる。
「…やっと決心がつきました。
心配そうな顔しないでください。あの人の心と一緒に音を奏でるつもりだから」
「ならさ、今夜は泊まってっておくれよ。
いいだろう? 積もる話もあるんだ。」
ウォルヒは美しい顔を横に振った。
碧瀾渡を夜明けに出る船に乗るつもりだと。
チェ尚宮に挨拶ができないのが心残りだと言い残して、彼女は店を後にした。
☆
「タラレバは禁物さ。わかってらあ。
けどよ、ペクサンは腹の子を助けようとして、気のほとんどを失くしちまったんだ。
その所為で死期が早まっちまってよ…」
マンボが声を詰まらせていると、バチンと口元を叩かれる。
いてえな、と声を荒げても、マンボ姐は叩くのを止めようとしない。
そうでもしなければ、ウォルヒがあまりにも憐れすぎると思ったのだ。
その耳たぶをぎゅーっと掴むと…
「あんた、その口布団針ででも縫ってやろうか?
いいかい、そのことは、二度と口に出すんじゃないよっ!」
力業をもってして、念押しを完了とした。
☆☆☆
こっちの部屋で寝よう、そう言ってウンスは譲ろうとしない。
「だってここ、託されたのよ、わたしたち」
「明日の朝には発つのですよ」
「…だから、ここで過ごしたい。しじぇ(師姉)の意思を尊重するべきだと思うの」
チェ・ヨンがどう言おうが、絶対に譲らないつもりだ。
お風呂に入りたい。髪も洗って…
その後は…
その後は、なるようになる。
それが今夜じゃなくてもいっこうに構わない、とも思っている。
心が教えてくれるわ
その時がきたら…きっと
ウンスはチェ・ヨンの方を向くと、とっておきの表情を浮かべ、笑いかけた。
続く
只今スリリングな日々を過ごしており…
限定記事はちょっと日が空かないとムリなのに…
( ;゚─゚)ゴクリ( p_q)(_ _。)