恭愍王五年 初夏…チェ・ヨン 

 

「この地での戦いも、あと一つの軍事基地を残すのみ。

されど、敵にとっても最後の砦だ。

おそらく、今まで以上に兵を集結して守ってくる。」

 

戦いを前にした男達の引き締まった顔が、その熱気で揺れる灯りに照らされている。

長くこの地で戦ってきた者、最後の戦いに間に合うようにと都から馳せ参じた者、一人ひとりの一方ならぬ思いが、チェ・ヨンにははっきりと感じられた。

 

「皆聞いてくれ。

今回の攻城戦だが、地形から見ても先鋒を二手に分け、両翼から攻めるのが妥当の策だろう。

だが、分散すれば相手は必ず中央をついてくる。

いいか、乗り崩しでいく。

騎馬隊と歩兵部隊とで一気に押し崩す。」

 

攻めの布陣だ。集まった者達が雄叫びを上げる。

部隊長達は急ぎその戦法を伝えるため、部屋を後にした。

残ったのはチュンソクとテマンの二人。

チェ・ヨンは、この二人に話したいことがあった。

 

「敵の歩兵隊だが…

鴨緑江西域の村から連れ去られ、兵となった者達が多くいると耳にした。

テマン。」

 

「はい」

 

チェ・ヨンの厳しい表情に、たった一人の私兵は唾を飲んだ。

 

「俺と、一仕事だ。

チュンソク、腕の立つ兵を二十、集めておいてくれ。」

 

 

月灯りも風も無い夜だった。

二頭の馬が暗闇を走り、敵陣へと向かう。

基地を囲むように組まれた竹壁が、途中から真新しい物に変わる辺りをテマンが指さした。

 

「あの先に、押し込められるようにして…。

彼奴ら、村ごと掻っ攫ったって。

タン・ユンの知り合いも多くいるって聞いてます。 

か、家族を人質にされて…」

 

思った通りだ。

元の内地では重税に苦しむ民達があちこちで内戦を引き起こし、軍部は弱まった軍事力を、なりふり構わず捕虜にした者達で補おうとしているのだ。

 

「舟を、出来るだけ多く用意しろ。

人質となった者達を乗せて、河を下るんだ。」

 

「なら…」

 

チェ・ヨンは片方の口の端を上げてにやりと笑った。

 

「彼等に、戻って来てもらうんだ。」

 

 

テマンは二十の兵を引き連れて、素早くことをやり遂げた。

 

夜明け前、ようやっと現れた月に導かれ、人質にされていた者達は、ひっそりと鴨緑江の支流を西へと下る。

その中にはタン・ユンの姿もあった。

 

テホグン

何と礼を云えばいいか、言葉もありません

これで、歩兵にされた者達をうまく誘導さえ出来れば…

 

 

 

 

☆☆☆

 

同じ頃…

チェ・ヨンは懐に縫い付けた袋から、小さな石を取りだした。

開京を離れるときは白かったそれが、不思議なことに徐々に色を帯びていったのだ。

 

 

あれは…

買い物と称してウンスと市井に出かけたときのこと。

その女人(ひと)は、チェ・ヨンに隠れるようにして何かを買い求めていた。

 

『欲しいものを、俺に云ってくれるんじゃなかったのか…』

 

憮然としながら声をかけると、ウンスは驚いたように目を丸くして、すぐに俯いてしまった。

 

『何を、買ったのです? 』

『…秘密、よ。』

 

そして、その答えを知ったのは…

ウンスが天門へと消え、チェ・ヨンが開京に戻ってからのこと。

 

『医仙のものを片しているときに見つけたものだよ。

ヨン、お前にだ…』

 

叔母に手渡されたものは、白い色をした水晶の欠片だ。

“我的一点心意” という一文が添えてあった。

 

ヨン、心ばかりの贈り物よ

市で見つけたモノなの

 

『おそらく、雷水晶って呼ばれている物だろう。

滅多に出回らぬ、珍品だ。』

 

雷…

 

『あの方は、お前の内功を気にしていたからな…

ヨンや、それは天意と地意の融合を意味する、奇跡の石だそうだ。』

 

貴女が、俺の雷功を…

 

 

それ以来、肌身離さずにこうして携帯しているが、チェ・ヨンが雷功を放つ度に、僅かずつではあるが、その色を濃く染め上げてゆくようだ。

 

 

手の中の、小さな石を握りしめる。

 

イムジャ、あと一つです

貴女が戻られるまでに、この天門のある場所一帯を取り戻す

 

 

 

後半中編に続く

 

 

 

鴨緑江を挟んでの元との戦い直前の出来事です

それも最後の軍事基地を残すのみ…という設定でよろです 

 

登場人物の名前などはブレイクタイムで ♡

 

 

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