恭愍王五年 初夏…チェ・ヨン
「この地での戦いも、あと一つの軍事基地を残すのみ。
されど、敵にとっても最後の砦だ。
おそらく、今まで以上に兵を集結して守ってくる。」
戦いを前にした男達の引き締まった顔が、その熱気で揺れる灯りに照らされている。
長くこの地で戦ってきた者、最後の戦いに間に合うようにと都から馳せ参じた者、一人ひとりの一方ならぬ思いが、チェ・ヨンにははっきりと感じられた。
「皆聞いてくれ。
今回の攻城戦だが、地形から見ても先鋒を二手に分け、両翼から攻めるのが妥当の策だろう。
だが、分散すれば相手は必ず中央をついてくる。
いいか、乗り崩しでいく。
騎馬隊と歩兵部隊とで一気に押し崩す。」
攻めの布陣だ。集まった者達が雄叫びを上げる。
部隊長達は急ぎその戦法を伝えるため、部屋を後にした。
残ったのはチュンソクとテマンの二人。
チェ・ヨンは、この二人に話したいことがあった。
「敵の歩兵隊だが…
鴨緑江西域の村から連れ去られ、兵となった者達が多くいると耳にした。
テマン。」
「はい」
チェ・ヨンの厳しい表情に、たった一人の私兵は唾を飲んだ。
「俺と、一仕事だ。
チュンソク、腕の立つ兵を二十、集めておいてくれ。」
☆
月灯りも風も無い夜だった。
二頭の馬が暗闇を走り、敵陣へと向かう。
基地を囲むように組まれた竹壁が、途中から真新しい物に変わる辺りをテマンが指さした。
「あの先に、押し込められるようにして…。
彼奴ら、村ごと掻っ攫ったって。
タン・ユンの知り合いも多くいるって聞いてます。
か、家族を人質にされて…」
思った通りだ。
元の内地では重税に苦しむ民達があちこちで内戦を引き起こし、軍部は弱まった軍事力を、なりふり構わず捕虜にした者達で補おうとしているのだ。
「舟を、出来るだけ多く用意しろ。
人質となった者達を乗せて、河を下るんだ。」
「なら…」
チェ・ヨンは片方の口の端を上げてにやりと笑った。
「彼等に、戻って来てもらうんだ。」
☆
テマンは二十の兵を引き連れて、素早くことをやり遂げた。
夜明け前、ようやっと現れた月に導かれ、人質にされていた者達は、ひっそりと鴨緑江の支流を西へと下る。
その中にはタン・ユンの姿もあった。
テホグン
何と礼を云えばいいか、言葉もありません
これで、歩兵にされた者達をうまく誘導さえ出来れば…
☆☆☆
同じ頃…
チェ・ヨンは懐に縫い付けた袋から、小さな石を取りだした。
開京を離れるときは白かったそれが、不思議なことに徐々に色を帯びていったのだ。
☆
あれは…
買い物と称してウンスと市井に出かけたときのこと。
その女人(ひと)は、チェ・ヨンに隠れるようにして何かを買い求めていた。
『欲しいものを、俺に云ってくれるんじゃなかったのか…』
憮然としながら声をかけると、ウンスは驚いたように目を丸くして、すぐに俯いてしまった。
『何を、買ったのです? 』
『…秘密、よ。』
そして、その答えを知ったのは…
ウンスが天門へと消え、チェ・ヨンが開京に戻ってからのこと。
『医仙のものを片しているときに見つけたものだよ。
ヨン、お前にだ…』
叔母に手渡されたものは、白い色をした水晶の欠片だ。
“我的一点心意” という一文が添えてあった。
ヨン、心ばかりの贈り物よ
市で見つけたモノなの
『おそらく、雷水晶って呼ばれている物だろう。
滅多に出回らぬ、珍品だ。』
雷…
『あの方は、お前の内功を気にしていたからな…
ヨンや、それは天意と地意の融合を意味する、奇跡の石だそうだ。』
貴女が、俺の雷功を…
☆
それ以来、肌身離さずにこうして携帯しているが、チェ・ヨンが雷功を放つ度に、僅かずつではあるが、その色を濃く染め上げてゆくようだ。
手の中の、小さな石を握りしめる。
イムジャ、あと一つです
貴女が戻られるまでに、この天門のある場所一帯を取り戻す
後半中編に続く
鴨緑江を挟んでの元との戦い直前の出来事です
それも最後の軍事基地を残すのみ…という設定でよろです
登場人物の名前などはブレイクタイムで ♡