声だけでの登場が続いたチェ・ヨン…
ウンスに懸想?する蒙古の将軍から一変して、ヨンがあの樹の下で何を思ったのか…を書きたくなりました
高麗の歴史はwikiをもとに、ドラマや小説に絡ませて、脚色してあります



故地回復のための北伐政策…
それはチェ・ヨンがウンスを取り戻すための戦いでもあった

今チェ・ヨンが陣をはる天門のある場所は、高宗四十五年(約百年前)までは高麗の土地…
ここを元から取り戻すのだ…何としても

狼煙をあげたのは三年前のこと

高麗にとって、鉄嶺(チョルリョン)以北の東界(トンゲ)奪還は、大国、元の干渉から逃れる唯一の手立てである
元が慈悲嶺以北を管轄している東寧府、咸鏡南道和州に設置した双城総管府を共に陥落させることが、この戦いの最大且つ唯一の目的なのだ

東北兵馬使を任命された ユ・インウのもと、戦いは一進一退を繰り返している…
昨今、元の内政にヒビが入り、兵の数が減った双城総管府は、あと少しで崩れ落ちそうに見えたが、しかし…数で劣る高麗軍は、この地での越冬を避けるため、一旦都へ帰還することと決まったのだ

「くそ~! 後もう少しなのに…
本当にここまで追い込んで…それでも引くというのか?
ヨン、ユ・インウの爺さまは気が違ったんだろうよ
なあ、お前はどう思う?」

歯軋りをするように捲し立て、ぐいと杯を煽ると、アンジェはヨンに尋ねる

「俺は…戻らない…」

チェ・ヨンは刃を確かめるように鬼剣を持ち、何でもないことのように手首を返した
カチャッという音が薄暗い部屋に響く…

「…相変わらず、すごい剣だ…
それを小刀のように扱うお前も…
ヨン…また腕を上げたな…」

口元を片方だけ上げ、ヨンはアンジェの方を向いた

「なっ このままここに残ってどうする…
お前とウダルチがいれば双城総管府を陥落させることだって目じゃないだろう?」

「アンジェ…お前はこのまま突っ込みたいのか?
それこそ、死ににゆくようなもんだ…
双城総管府は冬の間はどうやったって落ちないだろうよ…」

なぜそのようなことがわかるんだと、そうアンジェは気色ばんだ

「おまえはここで冬を過ごすのは初めてだったよな…
これからの寒さは兵士の士気をそぐ
去年も一昨年も、冬は半ば冬眠していたようなもの
だったら兵糧が尽きる前に戻る方がいい、そういう判断だろう

チョナはイ・ソンゲ拝謁の際の「春決行」という言葉を信じていらっしゃる

俺もユ・インウの一旦引くという策には賛成だ

それに…アンジェ、俺が戻らないのは…戦うためじゃない
ここに残ってやらなきゃいけないことがあってな…」

どうも胸騒ぎがする…
ウンスにとって良くない出来事が起こりそうで、ヨンは息が詰まるような思いを抱えたまま、叔母への文をしたためたばかりだった

ウダルチの半数を都に戻す旨
代わりにスリバン十名を入れ替わりで三班編成し、送り出して欲しい旨
無論スリバンへの碌は自分が支払う旨

あの口うるさい叔母が、何もきかずに動いてくれるとは思えないが…

布石を打っておきたかった

「さて…見回りに行ってくる…
明日の軍義で…その軽口を叩くんじゃないぞ」

そう言い置いて、チェ・ヨンはあの樹の下までチュホンを走らせる

身を切るような風が、ともするとくじけそうになる心を奮い立たせてくれた

あと少し、あと、ほんの少しで、この土地を高麗に取り戻せる
あの方が戻るまで、俺は僅かな間だってここを離れたくない…

闇の中、樹の根元に座る…
目をつむれば…ウンスとの記憶が鮮やかに蘇ってくる

イムジャ…
今日も無事でしたか?
あなたは今何をしていらっしゃる?

何百という昼を、夜を、時間のある時はこうしてこの場所で、ウンスに話しかけてきた

大丈夫よ…
あなたのもとにちゃんと戻るわ…

…昨日から、そんないつもの答えが返ってこない
暗闇に映るのは…泣き顔の、貴女だ…

何が起きているのか…
俺には知るよしもない…

イムジャ…俺に出来ることはないのか?
貴女の声を、聞かせてはくれぬのか?

ヨン…
わたしを…護って…

かすかな、呟くような声が耳に届いた…

チェ・ヨンは、ウンスが自分のために埋めてくれた薬瓶を取り出すと、長いことそれを見つめていた

☆☆☆

チェ尚宮からの返事は思いもよらぬほど早くヨンのもとに届いた

中にはひと言…
好きにしろ
…そうあった

再び戦いが始まるまでの期間は三月
ヨンは、その間にあの場所を完成させる、そう自分に言い聞かせるのだった