携帯電話が普及して便利この上ない世界となった今。
便利を手に入れた代償に失ってしまったものも多いと思う。
コミュニケーションをとっているようでとって居ないのが、
携帯電話ではなかろうか?

いつでも連絡が取れるのも確かだ、
しかし、いつでも拒否できるのも確かだ。
ボタンひとつで相手を幸せにも不幸にもできる。

その昔は好きな人の自宅へ電話し、
相手のご家族にきちんと挨拶をして
ようやく好きな人の声が聞けたものだ。
よって言葉使いにも多少なりと気を使う事が
身に付いていったのではないだろうか?

主語も述語も無いメールのやりとりだけで、
会話を成立させていては本来の美しい日本語を
忘れてしまうのでは無いかと思う。

だから私は簡潔であれ長文であれ
文学的な男性が好きだ。
30、40歳の中年でありながら
文学のかけらも無い人もいれば
10代でありながら気遣いや挨拶を
きちんと出来る男の子もいる。

気づけば携帯があったと云う世代にも
言葉の大切さや美しさを知ってる人が
いるのは何よりも嬉しい事だ。

とは云うものの一方通行のブログも
何を隠そうコミュニケーションの取りようが
無い媒体なのかもしれない。

しかしこんな私の散文に文学を感じて頂けたら幸いです。