再発からの結果の報告です
4月11日
消化器内科のドクター(3月31日までレジデントだった29歳)に受診
ドクター
「はじめましてよろしく…ボソボソ…えっとまずぅ肺は多発転移だね」
私
「肺は非結核性抗酸菌症があり、いつもそちらと区別がつかないとの事でしたが?今回は癌確定ですか?」
ドクター
「そうなんだ、じゃあ肺はおいといて…大動脈傍リンパ節転移は大動脈にへばりついた感じ?でオペできません!まぁ意味がないって事だね、これをオペしてとっても全身ガンですぐにまたどこかに転移するからね、結果として抗がん剤で延命、緩和となります」
画像をみて私
「大動脈のへばりついたやつってどれですか?」
ドクター
「多分これだと思うんだけどなぁ〜良く見えなくてわからないんだよね」
私
「わからなかったら抗がん剤の効果もわかりませんよね?」
ドクター
「いずれにしても小さくしてオペして取ろうなんて考えないでね、現状維持できればOKという程度だからね」
私
「先生、私は30年近くドクターの隣に座って事務やって来ましたが抗がん剤で良くなった方が少なく、8人のドクターに先生だったら抗がん剤をやりますか?と質問したら僕はやらない!と8人がおっしゃいました、理由は効かないからだそうです、なので私ははじめから抗がん剤はやらないつもりでした!やはり緩和医療科に一度受診させてください」
ドクター
「え?やらないの?とりあえずやってみて辛かったらやめたら?緩和医療科は今ドクターが足りなくて外来は閉店状態なんだ、緩和センターで手一杯なんだよね、もし抗がん剤やらないなら元の外科の主治医にもどり鎮痛等の延命処置していくことになるね」
私
「なぜ昨年12月は何もなくCTクリアしたのに急にこんな酷くなってしまったのですか?」
ドクター
「それは僕はわからないな〜みえなかったんだろうねー」
私
「もし抗がん剤やるなら薬剤はなんですか?」
ドクター
「基本の4剤の5ーF U・エルプラッド・カンプト・アバスチン に遺伝子検査がOKだったら追加でベクティビックスかアービックスでガツンと叩いたから少しずつ薬を減らすかんじかな?」
私
「抗がん剤やらない気持ちに変わりはないけれどとりあえず遺伝子検査しておきます」
ドクター
「そうだよ!その結果みながらまた話しましょう、死ぬのは間違いない事実だからそれまでの時間をどうするかをしっかり自分で決めて来てくださいね、ただしおかしな治療に走らないように!それから貴方に何を言われても当病院は標準医療しかしませんから覚えておいてね」
私
「もう他に方法はないんですか?放射線とか?」
ドクター
「結果同じだからね…」
私
「そうですか、わかりました!セカンドオピニオンも考えますが…水腎症はそのままですか?大動脈の方の右腰鼠蹊部から上に横に下にと痛みがあり、立っていると痛くてたまりませんがこれはどうなりますか?」
ドクター
「そりゃね〜鎮痛剤持って行って」
私
「何かあったらどちらのドクターに連絡したらよいですか?」
ドクター
「僕?になるのかな?」
私
「ありがとうございました」
痛み止めはまだ飲んでませんが2分も歩くと鼠蹊部が痛み歩けなくなりますがしゃがむと痛みは治りって感じですだからスーパーの買い物もできません。
26日にもう一度
消化器内科の先生に会い
抗がん剤をやるか?
元の外科の主治医にもどり延命処置のみしてもらうか?
セカンドオピニオンの先生を探すか?
別の病院で緩和医療を受けながら終末期を過ごすか?
ホスピスを探すか?
悩みながらの日々をすごし
4月26日
先生
「まず謝ります、遺伝子検査の結果がまだでなくて5月1日なら出るそうです」
私
「そうですか、ではまた来ますが先生このまま抗がん剤やらずにいると私はどうなりますか?」
ドクター
「抗がん剤やらなければ腎臓がやられ肝臓に転移して腹水がたまり
そうなったら抗がん剤もできないからね、そうなる前の今やれば
60〜70%は小さくなるよ多分ね!4種類の薬を使い強〜いやつで一気に叩いて小さくなったら少し減らしてまた再発したら強いやつで叩いていくのがよくないかな?」
こんな話聞いたら普通の人は怖くて抗がん剤やりますよね
って言うか
まだ結果出てませんと電話してほしかった!
ここまで1時間かかるし家族にも迷惑かけてるんだから…ね
連休の真ん中
令和元年初日の5月1日
受付したら検査の予約がない
前回検査すると言いながら予約入れていたのに…
受付に伝えたらかなり待たされ
「検査入りました、行ってきてください」
私…足痛いのに…
普段も混んでますが
ますます混んでました
待ちました
私
「今日は、よろしくお願いします」
ドクター
「はい、今日は!遺伝子検査はいけるタイプでした、Wild typeです!どう?やはりやらない?」
私
「はいやりません、色々すみませんでした」
腎機能は悪く…横ばい
腫瘍マーカーは基準値内でした
ドクター
「まぁまた気が変わったらやってもいいんじゃないかな?」
私
「はいその時はよろしくお願いします、とりあえずセカンドオピニオンもやめましたがいざと言う時の為に近場の病院へのデータだけください」
ドクター
「はい、はい、それから消化器外科の主治医の予約入れときますね」
私
「ありがとうございました」
ふぅ切ない( ¯ ¨̯ ¯̥̥ )
令和2日目の今朝
目が覚め
空を見上げ
癌宣告から3度の手術
それからの3年
きつい食事制限
仕事を辞め
行きたい所にも行かず
癌をやっつける為だけの日々でした
辛かった
我慢してきた
弱音を吐かず歯を食いしばり
泣かないで3年頑張った
でも
もう
やめる
素直に静かに優しく
全てを受け入れて
家族や周りの人や病に
感謝して生きていくことにした
もちろん
温活したり春ウコン飲んだり
出来る事はするけど
がんじがらめの日々から
抜け出す
令和が良い時代になりますように
願いつつ
平成最後の富士山をアップします