しかしナシコは振り返ってやった。何も起きなかった。黄泉に連れ戻されることも、世界の真実を目にしてしまうことも。
「もったいぶっちゃってサ」
しらけた気分で路傍にネコジャラシの生えた線路沿いの道を歩いた。三十センチ程のウミウシを肩に乗せた中年男とすれ違ったが、ふん、と思ったきりすぐ忘れてしまった。
ナシコは腹が減っていたのだ。
目的の駄菓子屋に着くと、あんこ玉を二袋買い、山から登る朝日の眩しさに目を細めながら立ったまま口に入れ咀嚼した。携帯に至極便利なあんこの玉、素朴なるもの、我ボンボンショコラよりも汝を愛す。
朝日が山の端を離れる前に二袋を平らげ、エネルギーはナシコに満ちてきた。
「ヨシ」
鼻からひとつ長めの息を吐くとナシコは電信柱に登り始めた。店番の老婆はチラリと見たきり興味なさそうに正座を続けた。若さとは唐突なものねと思ったかもしれないし思わなかったかもしれない。
一歩一歩着実に登り、ようやく上に着いた。風が強い。長い髪があおられ渦を巻き、もうどこが前髪か後ろ髪かわからない。
「バカヤロー!」
ナシコは叫んだ。
「私は!振り返りたい時に!振り返るし!またその後翻って!前へ!進むことも!する!」
勢いでほとんど落ちそうになりながら奇跡のバランスでもってナシコは明瞭に叫び終えた。
ゼイゼイとした呼吸をその場で整えることもせず今来た道を再び降り始める。
トンと地面にローファーを着けると手でセーラーの埃を払った。
地上の風は強くない。
朝日に照らされながらナシコはまたスタスタと歩き出した。駄菓子屋の老婆は居眠りをしている。
コケコッコーとどこかでやや遅い鶏が鳴き、駐在さんが自転車で通り過ぎていった。