「いいライブできるかな」

「いいライブってなんだよ」

「誰にとっての?」

「集中しろよ」

「あ、歌詞とびそう」

「飛んだじゃん」

「歌詞かんだ」

「お金もらってるのに歌詞かんだ」

「最低だね」

「集中してねーじゃん」

「ピッチ外したくない」

「日本語ちゃんと聞こえてほしい」

「発音きっちりしたい」

「きっちりしたくねえ」

「とはいいつつ味のあるうた歌いてえ」

「考えてる時点でダメじゃね?」

「おい、集中しろよ」

「お客さん寒くないかな」

「お客さん暑くないかな」

「立っててキツくないかな」

「座ってて腰しんどくないかな」

「あ、あの人スマホ見てる」

「あ、動画撮影禁止の日なのに撮られた」

「やべ、歌詞とびそう」

「あの人さっきからずっと無表情だけど楽しんでるかな」

「楽しませなきゃ」

「私も楽しみたい」

「だから集中しろって」

「歌に集中しろって」

「次の曲あれだからーMCは確か、」

「おい、いい加減にしろよ」

「うるうせえな〜」
エトセトラ

ほんの一部なんですけど、ライブ中の私の頭の中でし。
最近また、歌ってると言葉が滑る。歌詞をかんでしまう、ここ半年くらいそう。
もともと早口は得意じゃないし、滑舌もどうだか。

考えて、ぶち当たって、考えて、人に聞いて、話して、人と話して、

そうして私は、このことを”とりあえず”は良しとしました。
とりあえずね。

AIが進化しまくって「正確」と「完璧」を求めていく中で私は逆行していこうと思う。
私は完璧にはなれない、し、なりたくないと思った。
何をもって完璧なのかもあやふやで、いつからか、よくわからない”なんとなく”完璧なものを目指すことが、正義で礼儀だと思っていた。
でも自分が自分についていけてなくなっていることにうっすら気づいた。
なんかズレてる気がした。
もちろん、クオリティの高いものを見せたい、見てほしい、それをいいものと思ってほしい。
やるべきだし、そこはどんどん突き詰めていきたい。
けど、気持ちが宿ってないなら違う気がするのです。
私、どっからかズレ始めておりました。悪いことではないけど、自分をようわからん、好きじゃなさそうな方向に追いやろうとしておりました。
もっと自由にさ、楽にさ、立ってたはずなのです、あの輝かしい場所に。
自分で自分を追いやっておりました。いつの間にかライブをぶつかり稽古のような気持ちでやっておりました。

「歌詞かむかも!ごめん!」って話ではないのです。(そう聞こえても仕方ないけど)
いろんなことから解放するのです。私は私を。そうすることで、それらを極めていくことでより良いLIVEステージができるのではないかと思ったのです。

「で、何するの?」って思いますか。

ごめんなさい、具体的なことではないのです。
私は私を許してあげたいのです。無邪気な心が欲しいのです。
A Iにできないことをしたい。

ふと思ったのでした。


おやすみなさい。