『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』を読んでびっくり?

「異論を受け付けない社内環境」「記事改竄に手を染める」「自浄能力を喪失した」新聞がアメリカにもあるって本当ですか?

[2024・8・14・水曜日]

 

 

会田弘継氏の『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)を読みました。

 

会田さんは元共同通信の記者。アメリカの保守思想の動向に詳しく、1980年代から、彼の書いてきた米国政治レポートの類は愛読してきました。雑誌だと「中央公論」が多かったでしょうか。通信社を辞めたあとは、青山学院大学などで教授を務めています。

 

今回の本でもしばしば言及しているアメリカ保守主義者、ラッセル・カークの『保守主義の精神 上下』 (中央公論新社)の翻訳もしています(この本、「積ん読」しています)。『トランプ現象とアメリカ保守思想 崩れ落ちる理想国家』 (左右社)、 『追跡・アメリカの思想家たち』 (新潮選書ほか)、『世界の知性が語る「特別な日本」』(新潮新書)などは面白く一読しました。

 

今回の『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』は、米国の共和党を中心とした保守政治の動向、変動を細かく分析しており、大変勉強になりました。レーガン時代以降、伝統的保守、ネオコンやリバタリアンなどが協調したり対立したりしながらさまざまな動きを展開。低迷するブルーカラーの白人層を第一に考えるべきだというトランプ流の政治の原点は、ブッシュ(親)に対抗して大統領選挙にも出馬しようとして共和党の指名を争ったこともある、ニクソンのスピーチライターでもあったブキャンナンにあったと解明しています。シュトラウス派のネオコンも微妙に対立があり、一部はトランプ支持に廻っているとのこと。

「小さい政府」などのレーガン流保守主義とも異なるとのことです。

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ネオコンといえば、反スターリン、親トロツキーと評されることもありますが、その流れにあったジェームズ・バーナムの思想遍歴も詳しく分析されていて参考になりました。やがて反トロツキーになったバーナムといえば『経営者革命』(東洋経済新報社)。昔読んだきりですが……。そのバーナムの影響も受けたという「ワシントン・タイムズ」の論説委員だったサミュエル・フランシス(故人)の生きていた時に書かれた論考が、トランプの台頭にも影響を与えたとのことです。

 

「トランプ-ブキャナン-フランシス-バーナム」という「連想」を、保守派のラッシュ・リンボーがラジオのトークショーで拡散したのが2016年1月20日だったとのこと。このあたりは「第2章 ジェームズ・バーナム思想とトランプ現象」をお読みください。フランシスという人のことはまったく知りませんでした。

サミュエルといえば、サミュエル・ジョンソンかサミュエル・アダムス(&サミュエル・アダムズ)しか知りませんでした。今後はサミュエル・フランシスに注目したく思います?

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サミュエル・フランシスについて、ウィキペディア(「ワシントン・タイムズ」の項目の中)で、こう紹介されていました。

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サミュエル・T・フランシスをめぐる論争

 

1991年、タイムズ紙は、大統領選に立候補したため職を離れたパット・ブキャナンの後任のコラムニスト兼編集者として、白人ナショナリストのサミュエル・T・フランシス(英語版)を採用した[124][125][126][127][128]。フランシスは、ノースカロライナ州のジョン・ポーター・イースト(英語版)上院議員の秘書を経て、1986年にタイムズ紙の編集スタッフになった[129]。その5年後に同紙のコラムニストとなり、そのコラムは他の新聞にも配信された[129]。ジャーナリストとしてだけでなく、アラバマ州オーバーンのミーゼス研究所で非常勤の研究者としても活動した[130]。

 

1995年6月、南部バプテスト連盟による奴隷制への謝罪決議を批判するフランシスのコラムがタイムズ紙に掲載された後、プルーデン編集長はフランシスのコラムの掲載を減らした[131]。そのコラムにおいてフランシスは、「南部バプテスト連盟の奴隷制と人種差別への反省は、人種間の関係をマッサージするための政治的で流行を追っただけのジェスチャー以上の何物でもない」[132]「制度としての奴隷制も人種差別も罪ではない」[129]と主張していた。

 

1995年9月、保守派ジャーナリストのディネシュ・ドゥスーザ(英語版)が『ワシントン・ポスト』紙のコラムで、フランシスがその前年に開催された『アメリカン・ルネッサンス』誌が主催した会議に参加したこととその発言を紹介した。活発な論客であるフランシスは、まず、南部の伝統がメインストリームの文化の中で悪者扱い(英語版)されていることについて、概ね妥当な訴えをした。

 

しかし、彼は続けて、ヒューマニズムと普遍主義というリベラルの原則が「白人との戦い」を助長していると攻撃した。彼は、カントリーミュージックの大スター、ガース・ブルックスについて、「彼は、みんなで[宗教・人種などが異なる人の間で]結婚しようという愚かな普遍主義の歌(We Shall Be Free(英語版))を歌っている」として、それを「おぞましい」(repulsive)と表現した。

 

彼は、白人の仲間たちに対して「我々のアイデンティティと団結を再確認しなければならない。白人としての人種意識を明確にすることで、明白に人種的な観点から我々はそうしなければならない。我々白人がヨーロッパやアメリカで生み出した文明は、創造された人々の遺伝的な能力を抜きにしては発展し得なかったし、その文明を他の人々にうまく伝えることができると考える根拠もない」と主張した[133]。

 

ドゥスーザのコラムが掲載された後、プルーデン編集長はフランシスの他の著作物を調べ、合法的な移民の強制送還や、生活保護を受けている母親への強制的な避妊を提唱していたことがわかった[129]。プルーデンは、そのような意見を持っている人物をタイムズ紙と結びつけたくないと考え、フランシスをタイムズ紙から解雇した[134][124][125][129][135]。

 

解雇の直後、フランシスは次のように述べた。私は、人種による違い、人種間の自然な違いがあると信じている。ある人種が他の人種より優れているとは思っていない。IQの違い(英語版)、性格や行動の違いについては、合理的に確かな証拠がある。それらが人種隔離や白人至上主義の正当化に利用されてきたことは理解している。それは私の意図するところではない[129]。2005年にフランシスが亡くなったとき、彼を「学術的で、挑戦的で、ときに辛辣な作家」と評する追悼記事がタイムズ紙に掲載されたが、彼の人種差別的信条や同紙からの解雇については触れられなかった。

 

これに対して、保守系ニュースサイト「ワシントン・エクザミナー」の編集者デイヴィッド・マスティオは、フランシスの追悼記事で「サム・フランシスは単なる人種差別主義者であり、それ以上の存在として記憶されるには値しない」と書いた[136][137]。

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ブキャナンの本は何冊か翻訳されており、彼は保守派(右派)の論客として日本でもそこそこ知られた人でした。『病むアメリカ、滅びゆく西洋』 (成甲書房)という本も面白い本です。その本の中で「右翼が猛威を振るっていると決めつけ、左翼なら大目に見る罪でも右翼なら晒し首、という二重基準こそ『抑圧的寛容』ではないか」ともブキャナンは述べていました。

 

この左に甘いという意味でのダブルスタンダードに関して、会田さんの本でもいろいろと具体例が示されていました。たとえば、こんなことも。

 

「ジョージタウン大学では、二〇一八年にある女性教授が、男性の保守系最高裁判事が任命された際、これを支持した上院議員らに対して、『惨めな死を迎えろ。息を引き取る時は笑ってやる』とブログで猥褻な言葉を使って罵り、抗議を受けたことがあった。大学当局はその時『たとえ汚い言葉でも個人の思想を表明することは禁じ得ない』とおとがめなしだった」

 

また、偏狭になっているのは右派だけでなく左派もそうだとして、ニューヨーク・タイムズが、「多様」な見解を上層部が報じるのを、記者たちが許容しないと批判し、その批判に屈して、上層部の関係者が退職したりしたこともあったそうです。

 

ニューヨーク・タイムズが社是のごとく推進した『1619プロジェクト』をめぐる「ひとり相撲」には唖然とさせられました。同じリベラル系メディアからも、それらに対しては、いかがなものかといった物言いがついたとのことです。事の詳細は、本書をお読みください。「第12章『ニューヨーク・タイムズ』が突き進んだ歴史歪曲」のところです。

 

このあたりは、朝日新聞の慰安婦歪曲報道と「五十歩百歩」と感じました。章の中の小見出し「異論を受け付けない社内環境」「記事改竄に手を染める」「自浄能力を喪失した」からもニューヨーク・タイムズの偏りがうかがえるでしょうか。英国の「エコノミスト」も、そんなニューヨーク・タイムズを批判した記事を掲載したとのことです。

 

「米主流派メディアの影響が強く、その視点でアメリカを見る日本では右派メディアの偏向ばかりが報道される。だが、リベラルを任じる米主流派メディアの偏見を突くエコノミスト誌のリベラリズムはさすがだ。NYT (ニューヨーク・タイムズ)ではアメリカは見えない」と会田さんは指摘しています。同感です。

 

日本のマスコミには、NYT神話にかぶれていて、トランプやその支持者の悪口を述べる「識者」が少なくありませんが、会田さんほどの複眼的な広角な視野を欠いているのではないかと思われます。

 

共和党支持者も民主党支持者も、大統領選挙で対立した候補者が勝利したら「暴力を行使して抗議してもいい」と考える人は、民主党支持者で22%、共和党支持者で21%という「民主主義基金」の世論調査もあるとのことです。

 

「つまり、バイデンが勝ったからトランプ支持者の議会襲撃が起きたが、トランプが勝っていたらバイデン支持者による暴力事件が起きていても不思議ではない情勢だったともいえるだろう」と会田さんは指摘しています。

 

ニューヨーク・タイムズの保守派コラムニストのダウサットは、「オピニオン・リーダーたちが繰り広げる内戦論議は、左派の一方的な右派弾劾であって、いまアメリカが置かれている複雑な状況を反映していない。むしろ一方に偏り、『内戦』というテーマを使って分断を煽り、『文化戦争』の当事者になっていると、リベラル色の強いアメリカの大学人やジャーナリズムの陥っている状況を批判」しているとのこと。

なるほどと思います。

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2016年の大統領選挙のあたりからトランプを支持する学者・知識人も登場し、活発な言論活動を展開しています。ウェッブ上にオンラインの保守論壇「ジャーナル・オブ・アメリカン・グレイトネス」なるところに匿名のトランプ支持派の知識人が論考を発表していたとのことです。

そのほか、作家フラナリー・オコナーラッセル・カークにシンパシィーを表明していたとのことです。オコーナーは懐かしい名前です。新潮文庫で読んだ程度ですが、二人の間にそういう縁もあったとは知りませんでした。

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久々に読みごたえのあるアメリカ政治論でした。この本に収録されている論文エッセイは、佐伯啓思氏が監修している『ひらく』という雑誌に掲載されたものもいくつかありました。その佐伯さんが、2024年8月13日の産経新聞正論欄に「戦後79年、日本の『歴史観』は?」というエッセイを書いているのが眼にとまりました。ここでも「ネオコン型歴史観」に追随する日本でいいのかという問いかけがなされていました。

 

それにしても、米国大統領選挙……。どうなるのでしょう。ハリスよりはトランプでしょうか?

 

ハリスの自伝本『私たちの真実 アメリカン・ジャーニー』(光文社)も読んでみようかと思っています。ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』(光文社)もまだこれからですが……。『トランプ自伝 不動産王にビジネスを学ぶ』(ドナルド・J・トランプ/トニー・シュウォーツ)(ちくま文庫)もこれから?

 

では、ごきげんよう。