母の意識がなくなってから
その夜は手を握ってずっとそばに
いました。

叔父にも連絡しました。

宿泊先のホテルからタクシーで
高速を走って祖母と
駆けつけてくれました。






脳出血の影響で母の左半身は
あまり力が入らなくなって
いました。

右半身は足を手でかかえたり
お母さんと呼ぶとギュッと
握り返してくれたり。

耳は聞こえてるから
たくさん話しかけてください。
と言われたのでたくさん
話しかけました。





水を飲ませるとつまらせて
しまうかもしれないので
飲ませないで下さい。
と言われました。


口呼吸で一生懸命息をしている姿を
見るとどんどん乾燥が進んで
止まってしまうんじゃないかと
見ていてとてもつらかった。






その日の朝、本当は叔父の
骨髄検査の予定でした。

けれど、今この状況で
骨髄検査は出来ないと
告げられました。


その瞬間ずっと我慢していたものが
切れてしまったというか。

それってお母さんが助からないって
ことですか?
なんで検査してくれないんですか?
お母さんはもう死んじゃうんですか?

大声をあげて泣いてしまいました。

骨髄移植のことに関して
説明してくれた先生はとても
優しい女性でした。

私に、今は検査は出来ない。と
告げたとき先生は涙目でした。

すごく悲しかった。
その涙の意味はなに?





私があまりにも泣き止まないので
たくさんの看護師さんが来ました。

悲しくて悲しくて
呼吸も苦しくて手がしびれました。



あまり泣くと赤ちゃんにも
酸素がいかなくなっちゃうから
ゆっくり呼吸しよう。

婦長さんが背中をさすって
くれました。









その日、母の弟がもう1人
くる予定でした。

叔父は母と会話が出来なかった。
会えたのは意識がなくなってから。






〇〇ちゃんに会うのは10年以上
ぶりだからどんなふうに
なってるかなー?
太った太ったって言ってたけど
まさかこんな形で会うなんてねー

ってお母さんが叔父さんのことを
話してました。

ものすごく悔しかったです。






本当に目を開けて欲しくて
何回も何回も呼びました。






担当医の先生が何度かきて、

〇〇さーん、〇〇さーん

とほっぺをポンポン叩いて
確認しましたが全然お母さんは
目を開けてくれませんでした。









熱も高熱のまま、
抗癌剤もはずされました。




お母さんの脳出血は
止まるんですか?

助かる確率はどれくらい
ですか?


とても聞きたかった。
でも聞くのが怖かった。





どんどん呼吸が荒くなる母を見て、
こんなつらい思いをしてる
のがかわいそうだと
思ってしまいました。




私はお母さんの笑顔、優しい声が
まったく思い出せなくなりました。