ノンが無事にさくらを保護したという連絡をくれた。

私も出来る限りはやく合流するから、と伝える。


やっとの思いで職場を抜け出し、ノンに電話をかける。

さくらがいた公園近くのカラオケボックスにいるらしい。

さくらが家に帰ることを拒否しているようだ。

指定されたカラオケボックスに急ぐ。

駅に着いた途端にものすごい大雨。

こんなときに限って・・・・・

でも、傘を買う時間ももどかしい。

私はどしゃぶりの雨の中を傘もささずに走った。


ノンはさくらの肩を抱いていた。 

私が部屋に入ると、さくらが顔をあげた。

めったなことでは泣かないし、取り乱さないさくらの目が腫れている。

さくらのこんな顔を見るのは出会ってから数える程しかない。

私なんて失恋しては泣き、仕事が上手くいかないくて泣き、家族とのささいな喧嘩で泣いて、その度にさくらに甘えて、ひどい顔ばかりみせているのに。。。

そんな気丈なさくらが今にも倒れそうな顔色をしている。



「大丈夫??・・・・って大丈夫じゃないよね。病院行ったんだよね?」

さくらが頷く。


「症状を先生に話して、すぐに胃カメラで検査を受けた。。。。」

「うん・・・・」

「検査結果はすぐには出ないけど、とりあえずご両親を呼んでくれって言われた。

これってどういう事なの?」


さくらはまた号泣し始めた。


「ご両親を呼んでくれ?」

声にならない。でも、私の頭のなかもこの一文に支配される。

どういうことなの?

さくらの体に何かが起こっているの?

それもただ事ではない何か?


ノンがさくらの背中をさすっている。

私もさくらの隣に腰掛ける。


言葉が出ない。

さくらは何時間も泣き続けた。


それが、私たちがさくらの思い切り泣く姿を見た最期だった。







さくらが病院に行ったのはノンのバースデーパーティーから3日後の事だった。


その日の夕方、携帯電話にさくらからの着信。

こんな時間にさくらが電話をかけてくるなんて、就職してから一度もなかったことだ。

徒事ではない、という予感した。


仕事を中断して電話に出る。

「もしもし?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何も反応がない。

「さくら?どうした?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ケイ・・・・」


掠れて消えそうな声。

突然、嗚咽が聞こえてくる。

何を聞いてもさくらは泣くばかりだった。

とりあえず会わなくては、と思い、居場所を聞き出す。

さくらは自宅マンションのすぐ側にあるお気に入りの公園にいるようだ。

仕事を放り出して駆けつけても私の職場からその公園までは一時間はかかる。

どうしよう。。。。。


一旦、さくらとの電話を切ってまゆに電話をかける。

出ない。仕事中だから仕方ない。

祈るような気持ちでノンの携帯にかける。

出た!

事情を話すとノンはすぐに行けると言う。

ノンの職場からだと20分もあれば公園に着く。


さくらにノンがすぐに行くから自宅に戻るように話すが動きたくないと言う。

じゃあ、そのままそこから動かないでノンを待っていて、と伝える。

わかった、と力ない声が返ってきた。






いつもなら、誕生日の本人よりも先にケーキに手を付けようとするさくらがその日は食べようとしない。

おかしいな、と思って「どうしたの?」と聞いてみる。

「うーん。なんかお腹がいっぱいかも・・・・」とさくら。

「えー、さくららしくないじゃん。体調悪いの?」

「別に体調が悪いって程じゃないんだけど、最近あんまり食欲がない時があるんだよね。」

「食欲がないって、全然食べれないとか?」

「ううん。お腹は空くの。で、何か食べるじゃない。そうするとね、気持ちが悪くなって吐いちゃう。」

「ええっ??!!吐いちゃうの???」


かなり驚いた。

さくらは体は小さいくせにものすごく良く食べる。

何年かに一回、大きな病気をして入院するんだけど、普段は信じられないくらいエネルギッシュで食欲旺盛な子なのだ。


「いつからなの?」と誰かが聞いた。

「最初に吐いたのは一ヶ月くらい前かな?徹夜明けに職場でラーメン食べたら吐いちゃって。。。」


今思えば、さくらが体調不良を訴えたこのバースデーパーティーがさくらの戦いの始まりだったのかもしれない。

滅多なことでは体調不良なんて訴えないさくらが、この時はかなり不安げな表情をしていたことを覚えている。


さくらの仕事は時間も不規則でかなりの激務だった。4人の中で労働時間はぶっちぎりだったと思う。

そういうストレスで胃潰瘍にでもなっているんじゃないか、という話になった。

「仕事が忙しいから病院なんて行けない」というさくらを説得して、有給を取らすことにした。

胃潰瘍だって馬鹿にはできない。早く治療するに越したことはない。

3人のうちの誰かが付いて行くと言うと、

「大丈夫!みんな仕事あるでしょ~。病院くらい1人で行ける!」とさくらは言った。


あの時はまさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。

これがたった一年半前のことだなんて信じられない気がする。




2004年春


ケイ・さくら・まゆ・ノンの4人衆でもう10年以上続いてる恒例のバースデーパーティー。

その日はノンの25回目のバースデーパーティーだった。

学生時代と違ってなかなか時間を合わせる事が難しくなってきていたけど、この行事だけは絶対に外せなかった。

4人のそれぞれの誕生日には何とか時間をやり繰りして集まってお祝いする。

歳を取るにつれ、当日は「彼氏に譲るよ」ってなったり「旦那さまに譲るよ」ってなったりしてきたけど、なるべく当日に近い日でお祝いするのが私たちの長年の習慣だった。


今年のノンのパーティーは、まゆがセレクトしてくれた夜景のきれいなフレンチレストラン。

食事とお酒を楽しんだ後に、お店の人が店内の照明をそっと落とした。

厨房から運ばれてくるろうそくの灯りのともったバースデーケーキ。

ノンはいつも少し照れた顔をする。

「もう、あんまりおめでたくなくなちゃったかなぁ~」なんて言いながらろうそくを吹き消す。

それぞれが用意してきたプレゼントを渡して、「またひとつ大人になったね~」と笑い合う。


毎年、毎年、4回繰り返される光景。

幸せっていうのは、こういう習慣のなかにあるのだと思う。

あの時、私たちは間違いなく幸せだった。

その幸せは当たり前過ぎて、改めて考えたりなんてしなかったけど。

あの時間はもう二度と戻ってこないのだ、と思うだびに目の前が暗くなる。今も。








「さくら」っていうのは私の親友の本名じゃない。

彼女がこの世を去ってからしばらく、私には世界がモノクロに見えた。

中学時代に知り合って意気投合してから10年以上、あまりにも彼女の存在は私の生活の一部だった。

失ってからその存在の大きさに打ちのめされた。

しばらく、世界がモノクロに見えていたある日、日課の朝散歩に出かけた私の目に久しぶりに色を感じるものが飛び込んできた。

満開の枝垂桜だった。

そういう季節になっていることすら頭になかった私の目に映る優しいピンクのさくら。

大きな枝が撓って風に揺れていた。

その大きな木に彼女の存在を感じた。

そのさくらの木が彼女のイメージとぴったり重なった。

だから、このblogで彼女を何て呼ぼうか考えていた時に、「さくら」って名前が浮かんだんだと思う。