みなさんは自分が心に「やりたい!」と思った感情に、価値観でブレーキをかけてしまうようなことはありませんか?
感情は自分の資質に根差したもの、先天的に持っていてDNAから発したものと言ってもいいかもしれません。
価値観は経験や育った環境から後発的に身につけてきたもので、おうおうにして「間違った思い込み」になっていることが少なくありません。
最近、私自身の価値観が邪魔をして素直に「やってみたい!」という感情に素直に従えなかったために、ちょっぴり後悔したことが続いています。
例えば、研修講師向けのトレーニングで「ここのセッションのインストラクションをやってみたい方はいらっしゃいますか?」と、トレーナーの方から呼びかけがありました。
私の本心としては「失敗してもいいからやってみたい!」と叫んでいるにもかかわらず、
「失敗したら落ち込むし、力のないヤツと思われるのが恐いな。。。完璧にできないなら止めておこう」![]()
という価値観が先に立ち、結局成長できるチャンスを逸してしまいました。
このような価値観は今までに自分が傷つかないように十分に私自身を守って来てくれたとは思うのですが、どうしても気になったので、なぜこのような価値観が身についたのだろうと過去を振り返ってみました。
すぐに思い当たることが2つ出てきました。確か小学校の3,4年生の出来事だったと思うのですが・・・
1つは国語の授業で漢字の書き取りテストがあった時です。
忘れもしません、「ひがん(彼岸)」という漢字が書けずに悩んでいる時に先生が私の前を通りかかり
「こんな漢字も書けないの!?」
という一言にものすごく傷ついた覚えがあります。
(ですから、今でもセミナーをやりながら受講者の発言を板書する際には適切な漢字を書けるかドキドキしながら書いています・・・んーどうにかしたい!(゚_゚i)
2つ目は音楽の授業でした。
やはり縦笛のテストだったのですが、クラスのみんなの前に一人ずつ出て吹かなければなりません。私は音楽が嫌いで、練習も何もしていなかったためにまったく吹けず、その場に呆然と立ち尽くしてしまいました。
まるで自分の体が自分でないような奇妙な感覚を初めて感じました。あまりの恥ずかしさに泣いてしまったような気がします。
そこで、このような自分に染みついた価値観をどのように修正したらいいかを考えてみました~!![]()
学術的にはアメリカの精神科医アーロン・ベックが提唱した「認知療法」やアルバート・エリスが提唱した「論理療法」などが有名ですね!
(ベック研究所HPより)
「認知療法」的に「完璧でなければいけない・・」という価値観をどう捉えればいいかを考えてみました。。。
「どうせこの世には完璧な人などいないんだから、例え笑われたとしても場数を踏めていいじゃないか!」と、開き直ることもできるとは思うのですが、
私が出した結論は!
「そんな発表の場やテストが予想される際には、できるだけ事前にしっかりと準備して臨もう!」ということ。![]()
なんか、また自分を追い込んで・・・と、思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これが”自分流のやり方”なんです。しばらくこれで試してみよーっと!v(^-^)v
こんな感じで一つの結論に行きつくと、なんとなくホットしますね~。
みなさんもどんな答えでも構いませんから、「これかな!?」と、思える結論まで追及し、あとは実践の中で確認して行きましょう!!
では、今日もみなさんにとって良い1日でありますように!
今日も元気に行ってらっしゃーい(^O^)/


