【観劇記録】夏への扉 | 手上のコイン Blog

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キャラメルボックス2011スプリングツアー
『夏への扉』

大阪公演:2011年2月22日(火)~27日(日) サンケイホールブリーゼ
東京公演:2011年3月5日(土)~27日(日) ル テアトル銀座 by PARCO
【東京公演3月11日。12日マチソワ・13日の4公演は地震の影響の為中止】

原作:ロバート・A・ハインライン
翻訳:福島正実(ハヤカワ文庫・刊)
脚本・演出 成井豊+真柴あずき

■Cast

畑中智行
西川浩幸
坂口理恵
岡田さつき
大内厚雄
筒井俊作
實川貴美子
渡邉安理
多田直人
稲野杏那
林貴子
森めぐみ
小笠原利弥

■Story

1970年、ダニエル・デイビスは失意のどん底にいた。大学で機械工学を学んだダニエルは、親友と会社を設立。ハイヤード・ガールと名付けたロボットの開発に成功した。が、婚約中の恋人と親友が仕組んだ罠に嵌められ、会社とロボットを奪われたのだ。ダニエルに残されたのは、飼い猫のビートだけ……。彼は裏切り者二人への復讐を誓うが、逆に捕らわれの身となり、コールドスリープの冷凍場に送られてしまう。そして、長い眠りから目覚めた時、そこは30年後の、2000年だった!会社は?ロボットは?そして愛猫ピートは?すべてを失ったダニエルは、起死回生の一手を打つ!


何回か観劇したものの、なかなか書き出すことが出来ずに公演が終了してしまった。(申し訳ない)

この公演もあの大事の中、一度の中断を余儀なくされたが、15日から再開。
今の時期の観客の気持ちに、不思議と寄り添うような内容の芝居でもあった。

主人公のダニエル(以下、愛称のダンで書かせていただきます)は、親友と婚約者に裏切られ、会社を乗っ取られた上。更に30年のコールドスリープで未来へ送り込まれ、本当の意味で総てを失ってしまう。
玉手箱を開けなかった浦島太郎、のような状態である。

そもそも、ダンには家族と呼べるものが愛猫のピートしかおらず、心を許せる人間は、親友だったマイルズの義理の娘(マイルズの亡くなった前妻の連れ子)である、まだ11歳のリッキイだけ。

そもそも寂しい奴なんだな…とかいう突っ込みは置いておいて。

SFでもあるし、
観劇もされていず、原作も未読な方は、
小説の方を読む前にネタがばれるとつまらなくなるので、物語の核心はそっと伏せておこうと思います。

というか、舞台では都合上端折られたストーリー部分や変更点はあるものの、ほぼ原作を忠実に再現していました。

…ので、どんな作品であったかは原作を読んでいただくのが一番の近道と思われます。


ともかく、発明家で、技術屋である主人公ダンが総てを失った絶望に近い境遇から、
ひたすら己を信じて。必死に起死回生を計る物語というのが、ストーリーの骨組み部分。

今回のセットは、会場の天井の高さを生かし、思わず「見上げる」ほどの高さのある、上下2段となった構造。
全体に配置された幾つもの大きな扉。基調になっているのは少しくすんだ白と、木の色。

その中央には二階部分と下を繋ぐ大きな階段。これは、真ん中で二つに分かれる構造になっていて、場面に応じて配置を変える。

階段が二つに開くと、その奥には大きな開口部があり、そこから車やベッドのような可動セットが出し入れされる構造になっていた。こういったセットの移動は、キャラメルらしく総て手動。

登場人物は、ダン(畑中さん)とピート(筒井さん)、リッキイ(實川さん)3人のみが一つの役。その他のキャストは幾つかの役を入れ替わり立ち替わりといった感じで演じていた。

今回原作との大きな違いといえば、ダンが発明したロボット達が、
それをすべて人間が演じる都合で人型になっていたことでしょうか。
(原作では、ダンは人型などの形状には固執せず、機能性を重視した形を追求したことが書かれている)
このロボットくん(ちゃん)達、衣装がちょっとコスプレちっくで可愛らしかった。
個人的には製図屋ダン(主人公のダンにあらず)の作図ポーズが「シャキーン!」という効果音でもつきそうで、何気にツボでした。指の先にペンとかついてて、シザーハンズみたいでしたが…。

あと、お得意の擬人化。ダンの飼い猫ピートを人間が演じたこと。
雄猫なので男性が演じたわけですが、筒井さんは体格のいい役者さんなので、一見猫に見えない(笑)
劇中でもそのあたりはちょこちょこネタになっておりました。「く~ま~!?」とか、「その大きさは異常でしょ」とか。

ダンが最初のシーンから持って登場する大きなボストンバッグ。
そこにその大きな猫が入れられて運ばれている設定であったので、(そのあたりは原作に沿っています)
実際にピートがそのボストンから出入りしたりする、
初見の観客にはちょっとしたドッキリの仕掛けもあったり。
目に楽しい部分もありました。

そうそう。照明効果は相変わらず美しかった。とある転換シーンのポケモンショックを思い出す長時間のチカチカだけはいただけなかったけど。
それ以外はとても素敵な照明でありました。
しかし、何よりも印象深く心に残ったのは、派手な部分ではなく。

ラストシーン。
小説のラストを、役者全員で読み上げた後。
扉の前に立つそれぞれの役者(ダンを除く)が開いた、その扉の向こうに見えた、

青い。
抜けるような夏空の青。
そこに浮かび上がるシルエット。

あの光ばかりが、
最後に瞼の裏に残った。



主人公の飼い猫、ピートは雪が大嫌いである。
雪が降ると彼は、
11もある家の扉を、
全て開けて見せろとダンに催促する。

彼はその扉のうちどれか一つが、夏に通じる扉だと信じて
疑わないのだ。

諦めずに探し続ければ、
扉を開き続ければ
この寒い寒い冬を終わらせる

『夏への扉』がどこかにあるのだと。




今回は初日に観劇していたものの。再開後間もなく、再び劇場に足を運んだ。
計画停電初日に運休になる路線が多かったこともあり、地震だけでなく、出かけることに不安を抱いた人が多かった時期。
この日の客席はやはり空席が目立つ…というレベルを通り越して閑散としてた。

エグゼクティブプロデューサーの加藤昌史氏が、前説に立ち(以前から前説に立たれている方ではあるが、最近は諸事情から立たれる機会は少なくなっていた)
劇場の緊急時の対応を説明。
普段よりも細やかな説明が、ユーモアを交えつつ入る。

以前から生の前説の場合は、地震などの災害の際の避難について説明を入れていたので、実は一部は耳慣れた内容であった。

そんな客席であったが、芝居は素晴らしかった。
生身の人間から伝わるものというのはこうも大きいかと改めて感じた。
あれはエネルギーというよりは気迫と呼ぶべきか。
状況が状況とはいえ観客があればかりでは申し訳ないぐらいの全力のステージ。

多分、私以外の観客も、芝居を観て同じように役者の気迫を肌で感じたのだと思う。
あの日、鼓膜を打った拍手の音が、
会場全部を埋め尽くした観客の時のものと、そう変わらなく感じたことに、内心驚いた。



劇場空間というもの。生身の人間が其処で演じているという存在の力。意志の力。
改めて私は、芝居が好きだと思う。

こういう時だからこそ、行って良かったと思えるステージだった。

勇気を貰えたとか、元気になったとか。
そういう言葉はしっくりとこない気がする。
ただ、冷静ではありつつも。
自分がどれだけ平常心でなかったのかは、痛いほどに気づかされた。
それがどれだけ大事かは頭で理解してるにも関わらず、だ。


様々な困難の中、公演を再開してくださったキャラメルの方々に、
心より感謝します。

もちろん、次回公演も観に行きますよ~。