楽しい倫敦 おいしい倫敦 

無事帰国しました カメラが無いし、時間も無いのですが、まずは帰国のご挨拶 本格再開はもうちょっと待って下さい なんて言ってる内に2009年8月10日で千回になりました アラビアンナイトを超えた、かな

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古石場川親水公園にはバラ園も

2026.4.23(木)

毎年、牡丹園 を観に行っている 古石場川親水公園 だが、その一番東側、木場との境の平久川の手前には小さいながら バラ園 もある。

アーチを彩るのは モッコウバラ

ここが一番いい時に訪れたのは初めてだな。

シラン も今が盛りのようだった。

絶滅危惧店かも、南光軒の昭和のワンタン麺

2026.4.22(水)

牡丹 にある 南光軒 は中華と洋食の二刀流、

昭和の何でも軽食堂の1つのパターンだが、あんみつや汁粉といった甘味まではやらない。東京商船大出身の会社の先輩が在学中によく食べたそうだが、創業はもっと古く昭和13年だという。

こちらのオリジナルの 南光丼 はカツ丼のカツを半分にして海老フライを併用するもので、シューマイ丼 は揚げシュウマイの卵とじ丼、総じて不味くはないけど、特筆はできない、ってとこかな、昭和の軽食堂はそういうもんで、それでいい。

そしてラーメンやうどんなんかは、最近の専門店と比べたら可哀想、期待してはいけない。最近行った 森下 でも はっぴー でも頼む人はいなかったように思う。

でも本当にそうかなと、敢えて ワンタン麺 を試してみることにした。

その味はやっぱり昭和風だった。スープ感が極薄のスープに平凡なちょいちぢれ麺、そして殆ど皮だけのワンタン、これはこれでいいんじゃないかな。鳴門巻、叉焼、蒲鉾に支那竹まで入って780円のお値段だって昭和風。

厨房を見るとじーさんとそれを手伝うばーさん、ホールはその息子なんだろうなの壮年で、誰か一人欠けたら危ういかもの絶滅危惧店。

今年は牡丹も早いようで

2026.4.21(火)

4月も下旬だからと 牡丹町古石場川親水公園 に行ってみると、あれあれ、赤や紫系の牡丹はもう多くが咲き終わっていた。

何とか花の色は一通り揃って

咲き誇っていたが、

花期が遅い黄色い品種も咲いて終わりが近い。牡丹も例年より早いようで。

藤棚 は相変わらず発育途上だった。

ウォーキングの最終目的地は糀谷、蕎肆 浅野屋

京急空港線は蒲田から糀谷、大鳥居、穴守稲荷、天空橋、第3ターミナル、第1・2ターミナルまでの6駅だけど、その始まりは穴守稲荷参拝客を輸送するための穴守線で穴守稲荷が終点だった。貧乏学生時代に羽田空港でバイトした時はバイト料が交通費込みだったから割高なモノレールの利用を避けて、穴守稲荷駅から第1・2ターミナルまで3駅分をとことこ歩いたのが懐かしい。

2026.4.20(月)

蒲田駅の一つ手前、糀谷 の最終目的地は 蕎肆(きょうし)浅野屋 さん。

予約がきかないから11時半の開店時間直前に着くよう調整した。

そんな時間からじーさんが7人も来てまずは ヱビス をがぶがぶ。

ここはなかなか酒のあてが豊富な店で、板わさ はもちろんちょっと珍しい季節の珍味、蛍烏賊の天ぷら、蕎麦の素揚げを添えた燻製チーズみたいなのは何と 燻し豆腐 だったりする。酒も色々ありTaさん推薦の島根の王禄やら〆張鶴をくいくい。

蕎麦も季節ものを選んで初めて見る 若竹せいろ、ここ数日筍ばっかり食べてても問題ない、いいんじゃないですか。

商店街から外れているのに次々客が来る人気店で長いこと席を占領してしまったが、たっぷり飲み食いした割りには勘定が安い、間違ってたんじゃないかと少々気掛かり。

月例ウォーキングは羽田から糀谷

Haさんの集計によればこれが2003年3月以来23年で第250回の節目だった。これは飲み会も含むものだが、初めの頃はハイキングが基本だったから8月はお休みだったりして23✕12よりちょい少ない。こちらはと言うと2004年5月からの参加で、海外旅行は(まだ仕事もあって)パスしたり、2年間は倫敦に行ったりでも200回は超えていそうだ。すんごいお付き合い、なのだ。

2026.4.19(日)

金曜は 月例ウォーキング、3月のAbさん、Siさん、Ogさん、Taさんに加えて、3月は来られなかったMaさん、病み上がりで打上げからの参加だったHaさんで合計7人が 羽田空港第3ターミナル に集合。

かつての国際ターミナルは思えば2010年3月の韓国旅行以来で海外はそれっきりなのだが、見ての通りの軽装で海外旅行じゃあない。

取り敢えず HANEDA AIRPORT GARDEN だけど、

こんなところに能舞台? でも小さそうだし、橋掛かりも無いから能や狂言には使えないただの飾り、かな。役者がとことこフロアを歩いてきたら様にならない。

羽田に集まったのは単なるスタート地点で、今回は京急の蒲田から一駅の 糀谷 まで戻っての蕎麦屋さんが最終目的地、ここから 多摩川 左岸の土手に出て、

振り返ったらジェット機が見えたかな。

海老取川に架かる弁天橋の手前に大鳥居? それはいいとして、何で真ん中に鈴がぶら下がっているのかと言うと、空港建設で少し北に移転させられた 穴守稲荷 の一の鳥居が元々ここにあったものを復元、この鈴は 世界平和への愛の鈴 なんだそうで。その趣旨はいいとしてここに鈴を付けちゃうのは疑問。

弁天橋通りを暫く進むと今度は 萩中公園、これが色々取り揃えてユニークな公園なのだが、東武が使ってたと言う本物の 英国製蒸気機関車都電、消防車は本物、滑り台がスペースシャトル型というのも初めて見た。

北に並行する環八にずれて蒲田方向に歩くと何だこりゃ、神命大神宮? まるで神社には見えないし、環八に並行する裏の京急との間は20m足らずしかない。

駐車場を挟んで白亜の洋館もこのお仲間らしかったが、線路の向こう側に屋根だけ神明造風のビルが見えた。拝殿なのかな。

駐車場にあったこの看板はどうだろう。

天照大御神を主祭神とするこちら、那須の別宮には天岩戸をこじ開けた天手力男命の巨大神像がある? いったい誰が金を出しているのやら。営利事業にいそしむ宗教法人が天下御免の無税っていうのはとんでもない悪法なのに、既成政党がどこも手をつけられないでいるのはどうかと思う。すごい財源で合理性も十分!

ともあれここまで来れば今回の目的地、糀谷はすぐそこ。京急の駅で言えば4駅分のウォーキングだった。

残念ながらヴォージュは閉店だが岡満津は再開

2026.4.18(土)

月に1,2回は利用した 栄寿司 と並ぶ(?)レギュラー店、ヴォージュ(Vosges)の閉店が迫っていたことは3月に触れたが、

4月12日をもってとうとう閉店、その前日に最後のランチとした。

最後のランチは定番の オムライス ではなくちょい高い1500円の ポークヒレ肉のカツレツ、焦がしバターソース とした、これも美味しい。

因みにこちらは夜なら1800円の一品、記録の為に実に豊富な 夜のメニュー (夜は税別)を残しておく。

閉店すると聞いてから兄貴とだったり、次女や3号とだったりで訪れているので、これも記録の為にいくつか残しておく。

まずはちょい飲みに最適だからいつも頼む 前菜盛合せ、1800円。

ハンバーグ はちょっと安くて1200円。

牡蠣のグラタン は2000円。

ソーセージ盛合せ は1800円で、

タンシチュー は2600円だった。

あれこれ頼んでシェアすれば安いもんだったが、小さな店でよくこれだけ取り揃えていたと感心する。この場所で22年と聞いたかな、その前は森下で16年とか、お疲れ様でした。

 

一方、ご主人が亡くなって残念ながら閉店と書いた 岡満津 さんが再開したのには驚いた。

但し、おかきとかの他所から仕入れてそうな菓子類と蒸し羊羹などに扱い品目は激減、仕方ないのだが、蒸し羊羹などは販売担当のばーちゃんが元々作っていたのかもしれない。

うわぁ、筍とワラビの大群

2026.4.17(金)

長男の嫁の 勝浦 の実家からまたもお届け物。

が大小5本、加えて初顔の ワラビ? もしかして試されているか? 

調理法をググってまだ新鮮な内に糠で筍を茹でて、ワラビは重曹入りの湯であく抜き。

まずは 筍ご飯 若竹煮、そしてワラビは おひたし としたのだが、

新鮮なワラビってもしかして初めてかな(コース料理なんかでちょろっとあったかもしれない)、これは山菜蕎麦なんかに使われるビニールパックものとは全然違う 滋味 だった。

 

2日目は筍は 土佐煮、ワラビはちょっと捻って 肉巻き としてみた。

そして3日目、筍は中華風の 五目うま煮 に、ワラビは 薄揚げと煮た

これでワラビは使い切ったけれど、筍はまだある。さあどうしよう。

奉納大相撲から退出したら

2026.4.16(木)

相撲場を出たのはもう12時半、11時半には昼飯にするのが永年の習慣だが、バッグにカレーパン1個とスポーツドリンク1本を忍ばせてここまでもたせた。

相撲場の出口のテントには土産物やら弁当、ちゃんこ汁、かき氷のテントが出ていたが4千人もいるのだから中入りにはパンクするだろう。この外には、多分もう入れてもらえない人たちが横綱以下の幕内力士の参拝、土俵入りの行列を待ち構えていたりした。

来年はもう少し飲食料を整えて開場時間に行って、いい席、見やすく座りやすい席を確保、かな。今回のように暑くなければ最後までいても良い。何たって入場無料なのが奉納相撲、普通の巡業なら安い席でも1万円、いい席なら2万円位するのだ。そもそも年に3回も本場所がある東京での巡業はちょっと外れた足立区、大田区に府中市だけで(去年は春の大田区だけ)、うちからは国技館の方がずっと近い。じゃあ本場所はと言うと、チケットが高い上に手に入りにくく、相撲を観るだけならアップで観られスロービデオでもう一度があるTVの方が優れている面もある。

 

おっと、この日の 武道館 ではどこやらの入学式、看板をよく見ると 東京大学 とあったが、どう見ても保護者らしきおっさん、おばはんが混じるのはどうなんだろうねえ。うちの子どもらの頃は仕事に追われてそれどころじゃないこともあったが、入学式に出るなんて夢にも思わなかった。もっと遡って半世紀前、自分の頃は親と一緒に入学式に行くなんて小っ恥ずかしいことはあり得なかった。

九段下の裏通りで何店か店頭をチェックして選んだのは おかってや

この日の日替わりメニューの 牛すじ豆腐定食、1100円はなかなかのサービスメニューだった。

濃いめの味付けの牛すじは謳い文句にあった通り ごはんがススム! それ程悪く無いマグロとがんもの煮ものも付くのだが、惜しいのは絹ごし豆腐が半ば冷たかった点。これはもう1時だったから、当初仕込んだ分が無くなって急遽増産したものだったかもしれない。

ともあれ、奉納相撲には戻らずに帰路に就いた。

靖國神社で奉納大相撲

本場所は60年も前にまだ蔵前にあった国技館に観に行ったのが唯一の経験だ。両国国技館には2回行っているが、1回は会社の100周年イベント、もう1回はまだジャイアント馬場が出ていた頃の全日本プロレスだった。

2026.4.15(火)

月曜はこれは初めて、靖國神社奉納大相撲 の見物に行った。

 大相撲の本場所は奇数月、1,5,9月の東京国技館開催の合間に3月の大阪、7月の名古

 屋、11月の九州が挟まる。じゃあ偶数月はヒマかと言うと4月は春巡業、8月は夏巡業、12

 月は冬巡業で日本中を回ってファンサービス、相撲道の普及(+商売)に努めているから、

 一応空いているのは6月と10月だけなのだ。

 その巡業が半端じゃなく、今年の春巡業は3月29日の伊勢神宮奉納相撲を皮切りに、寝屋川、

 神戸、宝塚、野洲、向日、氷見、長野、小松、安城、三島、成田、藤沢、高崎の後がこの靖國

 神社、続いて鹿嶋、横浜、笠間、所沢、宇都宮、石岡、足立区、大田区、府中、さいたま、船橋、

 入間とバスで移動しながらの22興行、この間、休みは6日、14日の2日しかないという強行ス

 ケジュール。江戸時代に「1年を20日で暮らすいい男」と力士を揶揄する川柳があったのは、晴

 天10日の興行が年に2回だけだったからだが、実際には当時も巡業はあったらしい。

朝8時半に開場して9時から土俵祭、取組み開始は時刻未定、初切り・相撲甚句、櫓太鼓打ち分けを挟んで1時半に協会役員、横綱、幕内力士の靖國神社参拝があって中入り、土俵入りや幕内の取組みはその後という少々大雑把な予定表を見て、朝一から観に行くのは少数派だろうと思ったら大間違い、9時丁度に靖國神社の一番奥の 相撲場 に着いた時には4千人の席が九分通り埋まっていた。

西側にぐるっと回って、何とか白人青年と白人老夫婦の間が少し空いてる、日本人が避けがちな場所に座らせてもらって 土俵祭 を観た(どこで情報を得るのか欧米人がかなり沢山来ていた)が、神事なのかな、行司さんが長いこと何やらやってるってだけで全く説明が無く、意味が分からんのがちょっと不親切。

それがやっと終わったらわらわらと幕下14人、三段目20人、序二段22人が土俵に集まって、これは 申し合い稽古。人数が多いと中が見えないけど、相撲を取って勝負がつくと勝ち残った力士が次の相手を指名する勝ち残り方式で、だんだん数が減る。疲れるから3連勝なんてのはなかなか無い。で、人数がこれっきりなのは、客を呼べる訳でもない下っ端を全部連れ回しても無駄だからだろう。幕下だけでも総員121人、力士全員だと600人にもなるのだ。

これが延々と続く内におっと 幕内力士 も土俵周りに集まってくる。

幕下以下で知った顔は十両から陥落中の一人だけだったが、当然ながら幕内は顔馴染みだらけ(何故か十両は参加していない)、但し、稽古まわしだし、大銀杏じゃないし、土俵には上がらない。

これは声援に応えて手を振ったりもする本場所ではあり得ないファンサービスだけ、文字通りの顔見せだったようだ。幕内は十両以下と違ってその顔見せが重要だから、全42人中36人が出場予定だったが、怪我などで大の里、安青錦、若隆景なんて人気どころが不在だった。

これが終わった際のアナウンスには驚いた。次の取組み開始は何とまあ11:45予定? 1時間半も先だった。そんなこともあろうかと文庫本を持参していたから何とか待てたが、訳が分からない外国人観光客は次第に立ち上がる。隣りの老夫婦もここで帰ったが、右側の青年が次はいつからだと聞くので答えたらびっくりしていた。彼はちょい珍しいポーランド人、ヒマで困ってる彼に相撲解説などサービスした。

その11:45から序二段、次いで三段目の取組み、こんなクラスでも大変な巨漢だったりするのだが、それが案外弱くて小兵にころっと負けたりする。だから出世できないのだろう。

次が 相撲甚句、6人の力士が化粧まわしで登場して順番に自慢ののどを聞かせ、歌詞が楽しいが、多分全員が幕下以下で化粧まわしは兄弟子からの借り物。

この後は幕下の取組み、初っ切り(お笑い相撲)、櫓太鼓の打ち分けと続き、中入りの後が土俵入りと幕内の取組みなのだが、陽射しの中でトイレも行かずに9時から3時間半、もういいやと退出したのだった。頻尿型のこちらがそれだけトイレに行かずに済んだのは暑かったから。

最初の申し合いでも序二段、三段目の取組みでも土俵際でもつれ合って吹っ飛ぶようなケガが怖いことは殆ど無く、もうだめだと思ったら潔く諦めるのが基本パターン、勝っても負けても番付や給金に影響することは無いのが巡業だから、それぞれがあれこれテーマを持って研究することはあるかもだが、真剣勝負の本場所と比べたら取組み自体への興味は薄いのだ。外で食事、休憩してから戻ってもリストバンドがあれば再入場できるのだが、もういいことにした。

ビャンビャン麺は3本こっきりで一人前

<後日追記>

何とビャンビャン麺が漢字に変換できることを知りました。但し、並大抵のフォントでは𰻞𰻞麺ともやもや。

𰻞𰻞麺ではまだ苦しい、𰻞𰻞麺

2026.4.14(火)

永代橋 の東詰めにある 西安麺荘 秦唐記 は偶に利用している。

ここの看板は手延べの ビャンビャン麺

ビャンビャンは手延べする時の音から来たのかと想像するが、漢字でどうしてこう書くのか、いったいどんな意味、歴史があるのかは不明。字画が多過ぎるからワープロで変換できる可能性は将来的にもゼロっぽい。

これが実は3本こっきりで一人前と知って久しぶりに食べに行った。

この麺自体もいいのだが、汁そばも混ぜそばもなかなか面白い具材、味で出す。この日は1280円の 麻婆ビャンビャン麺 を選択。(辛さは普通としたがそれで中辛、かな。)

ビャンビャン麺は幅1cm強、厚さ1mm程の幅広麺なのだが、箸でつまみ上げるといくらそーっとやってもぶつぶつ切れちゃうからどこまでが1本かを推し量るのは困難。汁そばでもそうだから汁なしのこれでは到底不可能だった。

なのだが、カウンター席の席によっては厨房でおっさんが2枚目の写真の絵のように1本を2m程にまで手延べしている後ろ姿が見えることを発見した。

確かに! オーダーが入ると用意された麺のたねを引っ張り伸ばしてあっと言う間、十秒かそこらで1本を仕上げて鍋に放り込み、これを3回繰り返した。幅には多少ムラがあったが、よくまあ殆ど均一の厚さに仕上がるなあと感心した。

でもどんぶりに添えて出されたスープ椀が謎、スープではない。辛みを緩和するための白湯なのか、ひょっとしてそば湯なのか、口がもう麻辣味なので分らなかった。

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