本質的な議論が出来ない人は社会人として大成しないと思う。
日頃からメンバーにもよく言っている事。
ただ「本質的である」という事と「正論を述べる」ということを混同している(履き違えている)人がいる。
会社の規模(売上や従業員)が小さい時は本質的=正論となる事が多いが規模が大きくなると正論だけでは物事が進まなくなる事がある。
物事が進まないというのは本質的ではないのですね。
トラディショナルな産業になればなるほどそういう事が多い。
前回ブログに軽く触れてから
「じゃ、本質的とはどういう事?」
という質問をもらった事があり、それに対してわしは表現が上手じゃないのでざくっと回答すると
本質=KSF(Key Success Factor)
と考える事が最も近いんじゃないかな。
それが成功する為に代えのきかない、外せないことなのか?
代えがある、またはそれが無くても成功できる、という事は本質的ではない。
わしが話を聞いて「誤差だよ」と言うのは文字通り「誤差」であって「KSF」ではない。
それがあろうとなかろうと大局には影響がないから「誤差」と答える。
本質的に考える事が出来るというのは特別な能力ではない。
訓練次第で誰でも出来るようになる。
知識・経験・環境によっても習得のスピードが異なるので、自信が無い人はとにかく考え抜くことから始めたらいいんじゃないかな。
そしてそれを人に発表し、否定されてもそれを受入れる事が最も重要だと思う。
経験上、実はこれが出来ない人が多いし、そういう人は成長が遅い。