ホメーロス研究会だより 698 | ほめりだいのブログ

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2023年秋季号 その23

 

1月27日のホメーロス研究会の様子です。今回は『イーリアス』第一歌421~445行目までです。

 

アキレウスは母テティスにこう懇願しました。ゼウスに対し、トロイア方に加勢してアカイア勢を痛めつけ、アガメムノーンが自分の過誤を思い知るよう働きかけてください、と。テティスは、息子アキレウスの短命な上不幸である宿命を嘆き、その頼みを請け負います。その請け負う中でこう言います。

 

ἀλλὰ σὺ μὲν νῦν νηυσὶ παρήμενος ὠκυπόροισι

μήνι᾽ Ἀχαιοῖσιν, πολέμου δ᾽ ἀποπαύεο πάμπαν:

Ζεὺς γὰρ ἐς Ὠκεανὸν μετ᾽ ἀμύμονας Αἰθιοπῆας

χθιζὸς ἔβη κατὰ δαῖτα, θεοὶ δ᾽ ἅμα πάντες ἕποντο:

δωδεκάτῃ δέ τοι αὖτις ἐλεύσεται Οὔλυμπον δέ,

καὶ τότ᾽ ἔπειτά τοι εἶμι Διὸς ποτὶ χαλκοβατὲς δῶ,

καί μιν γουνάσομαι καί μιν πείσεσθαι ὀΐω. (1-421~7)

しかしあなたは今は進み速き船の傍らで

アカイア人達に怒っていなさい、戦いから全く身を引きなさい

ゼウスは非の打ちどころなきアイティオぺス人達のいるオーケアノスへと

昨日宴席に出かけたのですから、神々も皆ついて行っています

十二日後にオリュンポスへと帰ってくるでしょう

そしたらその時あなたのために私はゼウスの青銅の館に行きましょう

そして彼の神に膝にすがって懇願しましょう、彼の神は聞いて下さると思います

 

423行目に興味深いことにエチオピア人の国が出てきています。ピエロンはここで「この遠くの民族はあらゆる徳を備えているとされていた、そして神々はエチオピアに滞在することを好んでいた」と註を付しています。ἀμύμονας と冠される所以です。

神々の不在のエピソードについて研究会では、「日本の神無月の伝承を思わせる」との感想もありました。するとエチオピアはさしづめ出雲です。

第二十三歌にはイーリスがエチオピアについてこう言うくだりがあります。風の神々のところに行って招き入れるのを辞する時です。

 

οὐχ ἕδος: εἶμι γὰρ αὖτις ἐπ᾽ Ὠκεανοῖο ῥέεθρα

Αἰθιόπων ἐς γαῖαν, ὅθι ῥέζουσ᾽ ἑκατόμβας

ἀθανάτοις, ἵνα δὴ καὶ ἐγὼ μεταδαίσομαι ἱρῶν. (23-205~7)

座るわけにはいきません。というのも再び行くのですから、オーケアノスの流れのところ

アイティオぺス人達の土地に。そこは彼らが百牛の贄を犠牲に捧げているところです

不死の神々に、そこで私も供物の供応を享けるのです

 

また『オデュッセイアー』第一歌にもエチオピアが出てきます。

ἀλλ᾽ ὁ μὲν Αἰθίοπας μετεκίαθε τηλόθ᾽ ἐόντας,

Αἰθίοπας τοὶ διχθὰ δεδαίαται, ἔσχατοι ἀνδρῶν,

οἱ μὲν δυσομένου Ὑπερίονος οἱ δ᾽ ἀνιόντος,

ἀντιόων ταύρων τε καὶ ἀρνειῶν ἑκατόμβης.

ἔνθ᾽ ὅ γ᾽ ἐτέρπετο δαιτὶ παρήμενος: ・・・ (『オデュッセイアー』1-22~6)

しかし彼の神(ポセイダーオーン)は遠くに住むエチオピア人達のところに赴いていた

アイティオぺス人達、人間世界の辺境にある彼らは二手に分かれていた

太陽の沈むところの者達と、昇るところの者達である

牛と羊の贄を享けるべく(赴いていた)

そこで彼の神は宴に座して楽しんでいた ・・・

 

これも『オデュッセイアー』第一歌における神の不在であり、両詩編の照応が窺えます。

これらを併せ考えるとオリュンポスの神々は、エチオピアに行くことを(ピエロンが言うように)「好み」、旅行感覚でしばしば訪れていたことがうかがえます(そういえば神無月に関連した俳句の季語に「神の旅」もあります)。

425行目に、神々の帰還が「十二日目 δωδεκάτῃ」だとされています。12は『イーリアス』でよく使われる数字です。その中でも、今回の δωδεκάτῃ と第二十四歌でヘクトールの遺体がアキレウスの許に放置された日数十二日 δυωδεκάτη(24-31)とには強い連関が感じられます。第一歌の十二日間と第二十四歌の十二日間に挟まれた期間に「アキレウスの怒り」に起因する物語が展開しているからです。

さてテティスは去ります。

 

ὣς ἄρα φωνήσασ᾽ ἀπεβήσετο, τὸν δὲ λίπ᾽ αὐτοῦ

χωόμενον κατὰ θυμὸν ἐϋζώνοιο γυναικὸς

τήν ῥα βίῃ ἀέκοντος ἀπηύρων: αὐτὰρ Ὀδυσσεὺς

ἐς Χρύσην ἵκανεν ἄγων ἱερὴν ἑκατόμβην. (1-428~31)

そのように言って彼の女神は立ち去った、彼をその場に残して

心で帯良き女故に怒っている(彼を残して)

その女を嫌がる彼の意に反して奪っていったのだ。一方オデュッセウスは

クリューセーに百牛の犠牲を連れて到着した

 

428行目行末の αὐτοῦ について高津は「adv.『その場に』。この語はホメーロスに於いては常に強い意味を有する」と註をつけています。

429行目の ἐϋζώνοιο γυναικὸς は理由を表す属格です。

430行目の ἀέκοντοςἀπηύρων に繋げ「(彼から)奪う」とするのが普通の解釈ですが、Leaf βίῃ に繋げ βίῃ ἀέκοντος を「冗言的表現 pleonastic expression」であるとして ‘in spite of him unwilling’ と訳語を与えています。ἀέκοντος を独立属格的に取ることになります。これも興味深い解釈です。

430行目の詩行途中、四脚目/五脚目間での場面転換は大胆です。先(428行目)の αὐτοῦ と呼応し、独り怒って船端に居るアキレウスの姿との対比がより際立ちます。

さて、オデュッセウス一行の船が目的地に到着する様子は次のように叙されます。

 

οἳ δ᾽ ὅτε δὴ λιμένος πολυβενθέος ἐντὸς ἵκοντο

ἱστία μὲν στείλαντο, θέσαν δ᾽ ἐν νηῒ μελαίνῃ,

ἱστὸν δ᾽ ἱστοδόκῃ πέλασαν προτόνοισιν ὑφέντες

καρπαλίμως, τὴν δ᾽ εἰς ὅρμον προέρεσσαν ἐρετμοῖς.

ἐκ δ᾽ εὐνὰς ἔβαλον, κατὰ δὲ πρυμνήσι᾽ ἔδησαν: (1-432~6)

彼等は底深き入り江の中に着くと

帆をまず畳み黒き船の中に置き

帆柱を帆柱受けに綱で下げて近づけた

たちまちに(近づけた)、そして船を泊へと櫂でもって漕いだ

そして碇を投げ込み、艫綱をしっかりと結びつけた

 

435行目の προέρεσσαν ἐρετμοῖς も冗言表現です。ピエロンは「この冗言表現はまさしくホメーロス言語の特質 genie である」と指摘しています。

接岸するときの、船乗りの熟練した手際がテンポよく描写されています。操船にかかわる同様の描写は『オデュッセイアー』を含め何回か出てきます。そして、船と関係がない場面でも同様のテンポのよさを感じる場面があることに思い当たります。即ち、犠牲を捧げ食事を準備する場面、戦いに向け武具を鎧う場面、馬車を仕立てる場面などです。これらはいずれも定型の手順がある動作です。人の営みの中で繰り返される定型的動作がそのまま歌われているこれらの箇所を読み・聴きするとき、そのリズムが心地よく響いてくるのを感じます。

テンポよい叙述は続きます。436行目から四行はこうです。

 

ἐκ δ᾽ εὐνὰς ἔβαλον, κατὰ δὲ πρυμνήσι᾽ ἔδησαν:

ἐκ δὲ καὶ αὐτοὶ βαῖνον ἐπὶ ῥηγμῖνι θαλάσσης,

ἐκ δ᾽ ἑκατόμβην βῆσαν ἑκηβόλῳ Ἀπόλλωνι:

ἐκ δὲ Χρυσηῒς νηὸς βῆ ποντοπόροιο. (1-436~9)

そして碇を投げ込み、艫綱をしっかりと結びつけた

そして彼ら自身も海の波打ち際に降り立った

そして百牛の捧げ物を遠矢放つアポローンへと下ろした

そしてクリューセーイスは海行く船から降りた

 

四行続けて行頭が ἐκ となっています。これは出航時の

 

ἐν δ᾽ ἐρέτας ἔκρινεν ἐείκοσιν, ἐς δ᾽ ἑκατόμβην

βῆσε θεῷ, ἀνὰ δὲ Χρυσηΐδα καλλιπάρῃον

εἷσεν ἄγων: ἐν δ᾽ ἀρχὸς ἔβη πολύμητις Ὀδυσσεύς.  (1-309~11)

二十人の漕ぎ手を選び(乗り込ませ)、百牛の捧げ物を

神へと乗せ、頬美しきクリューセーイスを

連れて行って座らせ、指揮官として知謀に富んだオデュッセウスが乗り込んだ

 

に呼応しています。

更に、今回のところ耳を澄ますと、四行とも行頭は【εκδε】、中でも437行目から三行は【εκδεκ】になっていることにも気づきます。また四行ともに βαίνω の語を伴っています。

これら全ても与って、しかるべき段取りが滞りなく進められている様が伝わってきます。

 

次回ホメーロス研究会は2月3日(土)で、『イーリアス』第一歌446~474行目までを予定しています。