ほめりだいのブログ

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2026年度春季号 その8

 

6月13日の「ホメーロス研究会」の様子です。今回は『イーリアス』第五歌274行目から293行目までです。

 

さてディオメーデースとステネロスのところにパンダロスとアイネイアースが迫ってきます。そしてパンダロスはディオメーデースに「矢では駄目だったが今度は槍を試すぞ」と言って槍を放ちます。

 

ἦ ῥα καὶ ἀμπεπαλὼν προΐει δολιχόσκιον ἔγχος

καὶ βάλε Τυδεΐδαο κατ᾽ ἀσπίδα: τῆς δὲ διὰ πρὸ

αἰχμὴ χαλκείη πταμένη θώρηκι πελάσθη: (5-2802)

そのように言って影長き槍を振りかざして放った

そしてテューデウスの子の楯を突いた。それを貫いて

飛んでいった青銅の切っ先は鎧に達した。

 

282行目は

αἰχμ χαλκείη πταμένη θώρηκι πελάσθη:

であり、全ての語に【η】音を含んでいます。あたかもそれが突き進む切っ先を表わしているかのようです。

 

そこでパンダロスは勝ち誇って言います。

 

βέβληαι κενεῶνα διαμπερές, οὐδέ σ᾽ ὀΐω

δηρὸν ἔτ᾽ ἀνσχήσεσθαι: ἐμοὶ δὲ μέγ᾽ εὖχος ἔδωκας. (5-284,5)

脇腹をずっぷりと射貫かれたな、俺は思う、お前は

長くは持つまいと、俺に大いに誉れを与えたことよ。

285行目の後半 ἐμοὶ δὲ μέγ᾽ εὖχος ἔδωκας について、Leaf は興味深い註をつけています。すなわち

μέγα is here to be taken as an adv., thou hast given me my wish to the full. If it is closely connected with εὖχος as epithet, it produces the forbidden trochaic caesura in the fourth foot と。

Leaf のいわんとしていることは

δηρὸν ἔτ᾽ ἀνσχήσεσθαι: ἐμοὶ δὲ μέγ᾽ εὖχος ἔδωκας

において μέγ᾽ εὖχος を(形容詞+名詞として)一体の詩句とすると、第四脚の μοὶ δὲ μέ との間に行間休止がくることになる、それはヘクサメーターの原則に反する、と言うことだと思われます。このヘクサメーターの禁則 the forbidden trochaic caesura Hermann’s bridge と呼ばれるものです。たしかに μοὶ δὲ   μέ の間に行間休止を入れて朗読すると違和感があります。逆に μέγ᾽ εὖχος ἔδωκας の間に休止を入れるとごく自然に朗誦できます。このようなところは、意味と韻律が不即不離であることが感じられます。

 

パンダロスは「してやったり」と早とちりしましたが、ぬか喜びでした。ディオメーデースは言い返します。

 

ἤμβροτες οὐδ᾽ ἔτυχες: ἀτὰρ οὐ μὲν σφῶΐ γ᾽ ὀΐω

πρίν γ᾽ ἀποπαύσεσθαι πρίν γ᾽ ἢ ἕτερόν γε πεσόντα

αἵματος ἆσαι Ἄρηα, ταλαύρινον πολεμιστήν. (5-287~9)

射損ねだ、当たってないぞ。俺は思わないぞ、お前等二人が

戦いを終えるとは、どっちかが倒れて

楯持つ軍神アレースを血で飽かせるまでは。

 

パンダロスの βέβληαι(284行頭)に対してディオメーデースは ἤμβροτες(287行頭)、そして οὐδέ σ᾽ ὀΐω(284)に対して οὐ μὲν σφῶΐ γ᾽ ὀΐω(287)です。丁々発止、言葉でも張り合っています。

287行目から次行にかけて、γ(ε) が4回と例外的に多くなっています。これについて Kirk

It (the accumulation of no less than four γε’s) gives the assertion a distinctly sinister tone

と註を付しています。ディオメーデースの憤怒を含んだ口調が伝わってきます。

289行目の αἵματος ἆσαι Ἄρηα も耳に残る詩句です。【α】音が六回並べられ、その内三回は各語の語頭です。血に塗れたアレースのイメージを喚起するかのようです。

 

それに続く詩節です。

 

ὣς φάμενος προέηκε: βέλος δ᾽ ἴθυνεν Ἀθήνη

ῥῖνα παρ᾽ ὀφθαλμόν, λευκοὺς δ᾽ ἐπέρησεν ὀδόντας.

τοῦ δ᾽ ἀπὸ μὲν γλῶσσαν πρυμνὴν τάμε χαλκὸς ἀτειρής,

αἰχμὴ δ᾽ ἐξελύθη παρὰ νείατον ἀνθερεῶνα: (5-2903)

このように言って(槍を)放った、槍をアテーネーは導いた

目の脇の鼻に、そして白き歯並を突き抜かせた。

彼の舌を根元から磨り減ることなき青銅が断つと

顎の下から槍先が突き出た

 

ῥῖνα(鼻)、ὀφθαλμόν(目)、ὀδόντας(歯)、γλῶσσαν(舌)、ἀνθερεῶνα(顎)と顔の解剖をしているかの様です。聴き手・読み手も自らの顔を χαλκὸς ἀτειρής が突き抜けていく感覚にとらわれずにはいられません。

292行目にある γλῶσσαν について、パンダロスが「してやったり」とばかり大言壮語した μακρὸν ἄϋσε(283)ことへの報いを受けたのだとの解釈があります。深読みかもしれませんが面白い解釈です。

ところで、ここで Ἀθήνη βέλος δ᾽ ἴθυνεν (290)と、ディオメーデースがパンダロスを斃すのに加勢しています。アテーネーは第四歌(88~)でパンダロスをして盟約を破ってメネラーオスに矢を射させるようにけしかけていました。或る時はけしかけて利用し、或る時は自ら相手に加勢して斃し見捨てる、Willcock はこの箇所で the gods are ruthless(残忍だ)とコメントしています。たしかに、オリュンポスの神はとても倫理的優等生ではありません。

 

次回の「ホメーロス研究会」は6月20日(土)で、『イーリアス』第五歌294行目から313行目までを予定しています。