2026年度春季号 その4
5月16日の「ホメーロス研究会」の様子です。今回は『イーリアス』第五歌190行目から211行目までです。
アイネイアースはパンダロスに、ディオメーデースを狙って矢を射かけるように促しました。しかしパンダロスは、既に射かけたが無駄だったと応え、そして馬があったならば、とこう言います。
ἵπποισίν μ᾽ ἐκέλευε καὶ ἅρμασιν ἐμβεβαῶτα
ἀρχεύειν Τρώεσσι κατὰ κρατερὰς ὑσμίνας:
ἀλλ᾽ ἐγὼ οὐ πιθόμην: ἦ τ᾽ ἂν πολὺ κέρδιον ἦεν:
ἵππων φειδόμενος, μή μοι δευοίατο φορβῆς
ἀνδρῶν εἰλομένων εἰωθότες ἔδμεναι ἄδην. (5-199~203)
(父リュカーオーンは)私に命じた、馬と車に乗って
激しい戦いへとトロイア勢を率いて行けと
しかし私は従わなかった、全くその方が良かったのだが
馬共を惜しく思って、秣に事欠こうかと懸念してだ
兵士共が籠城して、充分に食むことに慣れているのに。
202行目の μοι は所謂 ethical dative です。「(馬のことを思うと)可哀想にも」とでもいった感じが出ています。
息子の出征に際しての父親の言動については、少し前に
τοῖς οὐκ ἐρχομένοις ὃ γέρων ἐκρίνατ᾽ ὀνείρους (5-150)
出征する彼らに老人は夢占をしなかった
と述べたくだりがありました。
同じく占い師の父親では、凶兆の故に引き留めたが従わず、その結果戦死した例もあります。息子のあまりの若さに心配して馬を隠し出征の邪魔をしようとした例、アキレウスやパトロクロスの父親の場合のように戦地の心構えについて訓戒を垂れる例等々、様々です。ここでは、パンダロスは父親に馬を連れて行くよう言われたがそれに従わなかった例です。ἦ τ᾽ ἂν πολὺ κέρδιον ἦεν(201)と従わなかったことを後悔しています。
このような「息子を戦場に送り出す父親」のモチーフは詩篇に繰り返し現れるモチーフであり、これはついには大団円のヘクトール⇔プリアモス、アキレウス⇔ぺーレウス、アキレウス⇔プリアモスの劇的な関係に繋がって行くのだと思われます。
今回パンダロスが父親の勧めに従わなかった理由が202,3行目です。εἰλομένων と言っています。そしてその籠城下での馬の飼料不足を慮ってのことであったとされています。
二十二歌冒頭でヘクトールも両親から城の中にいて戦うよう懇願されます。古今東西の戦史で籠城はよくあることですが、ホメーロス世界でも同様であったようです。そのような戦場の実態が示唆されています。そして更に、戦場における軍馬、その飼料にまで言及がなされています。戦争にあっては武器や軍馬は勿論のこと、食料や飼料の兵站も重要不可欠の要素です。英雄同士の華々しい表舞台の武勲のみならず、ささやかながらこのような兵站にまで目配りがなされていることは『イーリアス』の魅力の一つを成しています。
次回の「ホメーロス研究会」は5月23日(土)で、『イーリアス』第五歌212行目から232行目までを予定しています。