えーと、昨日はビキニの日だったらしいですね。比較的地味な僕のTLにも妙齢の女性の水着画像がそこそこ流れて参りました。
でもこの夏のサイン会、何度か参加するうちの少なくとも一回はその写真集にサインしてもらうつもりです。彼女の記念すべきソロ出版物ですからね。最近やっとそう考えることができるようになりました。他の人はどうか知りませんが、少なくとも自分にとって「真面目に推す」というのは、このように心の手続きが煩雑なんですよ。
ビキニの日のいわれはウィキなり何なりで各自お調べ頂くとして、つくづく思うのはみなさん女性の胸が好きなんだな、ということ。
僕ですか? 僕はあの部分に積極的な興味は特にありません。膝とか踝とかと一緒、人体の一部という認識です。その大小の好みについて強いて問われれば、地母神の豊穣よりは謙譲の美徳を良しとします。その意味でも彼女は理想的です。
と、こういうことを公然と言ったり書いたりするのは僕の趣味に反するのですが、例えば去年あの写真集が出ることが決まった時、僕は少なからず困惑しました。その理由をつらつら書いた当時の記事は諸般の事情で削除しましたが、もう一度似たような内容のことを改めて書いておきます。
こんな自分でもアイドルと接するとき、さすがに好意を持たれることはまずなかろうと、それはもう諦めていますが、少なくとも相手に嫌われたくはないわけです。助平親爺とか思われるのは嫌なんです。これがもっと歳をとって、見た目も中身も枯れきった後なら、下ネタだろうが何だろうが許されるでしょうが、さすがにまだそういう境地には達してませんし、世間を見回してみると、あのお掃除棒の人の旦那さんみたいにお盛んな方も多い(ちなみにあの彼は僕と一つ違いです)。だから自分にはそんな下心はありませんよというオーラを絶えず発散しておかないと、ともすると脂ぎった方々と同類と見なされかねない、そういう年頃なんです。
ところが自分の推しが水着の写真集を出すことになった。当然ながらお渡し会や握手会ではそれについての話になる。そういうとき、自分のニヤニヤした顔つきを彼女に見られて、彼女はそれについて内心どう思っただろうか、なんて考えると自己嫌悪でマリアナ海溝よりも深く落ち込んだりするわけです。
もちろん今までの人生において女性と付き合った経験も人並みにありますし、現に結婚して、すでに成人した子供もいます。でも、それとこれとは違う話です。要するに、自分は推しの「藝」とその人となりを推しているのであって、性的な対象としては見ていない(もちろん、100パーセントない、とは申しませんが)、そのことを自然に伝える、というか醸し出すのが相手の成長とともに少しずつ難しくなっている。だからひと足飛びに水着写真集とか出されると、心の調整が追いつかず、ただただ狼狽えるばかりだった、という次第ですね、去年のあの頃の自分は。
でもこの夏のサイン会、何度か参加するうちの少なくとも一回はその写真集にサインしてもらうつもりです。彼女の記念すべきソロ出版物ですからね。最近やっとそう考えることができるようになりました。他の人はどうか知りませんが、少なくとも自分にとって「真面目に推す」というのは、このように心の手続きが煩雑なんですよ。
ビキニの日の話題からずいぶん逸脱しましたが、何となく思い出したので備忘のためちょっと書きつけておきました。

