エビ中現場に通いだしてから、廣田あいかというパフォーマーについて、これはどういう人なのだろうと考えたこと、もちろん幾度もありましたけど、正直捉えがたいというか、自分の中で「これだ」という明確な像を描けないまま昨日まで過ごしてきました。でも昨日のソロコンを体験して、おぼろげではありますが、彼女にとって本当に大切なものは何か、ということがやっと自分なりに見えてきたような気がします。
結局のところ、彼女の興味は「歌」と「色彩」の2点に尽きるのでしょう。そう考えると、昨日のソロコンはこの2つの要素を存分に聴かせる/見せるという、ある意味シンプル極まりない催しだったと言えます。
歌についてはここで改めて詳述するには及ばないでしょう。昨日のセトリ、エビ中関連とラストを除いては知らない曲ばかりでしたけど、彼女が自分の「歌」を表現するのにふさわしい(と判断したであろう)選曲だった、ということは現場で聴いて十二分に納得できました。
1.だってぁぃぁぃなんだも〜ん
2.FRIENDS(岡崎体育)[w/ピオピオa.k.a.小林歌穂]
3.アンタ[w/小林歌穂]
4.フユコイ
5.Wherever you are(ONE OK ROCK)
6.The beginning(同上)
7.Dreamin’(BOØWY)
8.SteRt(Mrs. GREEN APPLE)
9.Beautiful(Superfly)
En1.夢を味方に(絢香)
En2.chandelier(Sia)
特にアンコールでゆっくりと登場してきた姿はすでに女王の風格すら漂わせて、ソロコンやライブと言うよりはリサイタルと呼んだ方が相応しい印象、曲数の少なさは各曲に込める思いの重さと受け止めました。
そして色彩。たとえばウィッグにしても衣装にしても、すべては彼女が表現したい「色」を載せるパレットに過ぎない。いや、さらに言ってみれば、最近始めたインスタ、普段着、自分で描く絵のかずかず、料理、動画、どれをとっても、そこに何らかの(テキストとして還元できる)意味を読み込もうと試みても徒労に終わることでしょう。そうではなくて、色、あるいは色と色の組み合わせに彼女の感受可能性が最も鋭敏に働くのだと仮定して、その点に注目して改めて彼女の生み出すさまざまな「作品」を眺めてみれば、そこに一種の調和のとれた、凡庸なわれわれが普段見ているのとは違う世界が現前してきます。
優れた詩人や画家はそれぞれに見えているものが常人とは違う、とよく言われます。それは英語ではVisionと呼ばれますが、いわゆる藝術家は各々のヴィジョンを音や像として顕現させるわけです。
だから昨日の、衣装替えの時間に何度か流された彼女自作の動画も、明らかに他のメンバーたちのソロコンでのそれとは意味合いが違ってました。あれは歌と同様、彼女の重要な作品、「ヴィジョン」の出口の一つであって、単なるつなぎの特典映像ではなかった。あの映像で語られたのはもちろん旅行記や回想録ではありますが、恐らく彼女が最も心を砕いたのは物語よりも画像の見え方、つまりは色彩の組み合わせなのだろうと想像します。
「ァィヵヮィィ」とは、つまるところ彼女の愛すべきことどもを、音であれ色であれ、思う存分にぶちまけたプラットフォームなのでした。観客の期待を忖度することよりも自身の表現を優先した、見方によっては傲慢で不遜な催しと言えなくもないけど、生誕ソロコンサートという「自由」の許される場でこそ実現できた試みであることも確かで、そういう場を持つことができるという点において、エビ中という枠組みはまだまだ彼女にとって有効なのだという事実を、聡明な彼女のことだからきっと理解(というか感知)していることでしょう。
ともかく、昨日のソロコンは彼女の現在地を確認する上で恰好の機会だったことは確かです。あの場にいて、あの空気を少しでも共有できたことは僥倖でした。あとは今持っている技術・技法にもっともっと洗練を加えて、「ァィヵヮィィ」の世界をさらに豊かなものにして行ってくれればと思います。ついて行くこちらも大変ですが、昨日現場で感じたような心地よい戸惑いをもっともっと経験したい、というささやかな欲望を胸に家路についたのでした。
